14. 数日前。 ページ14
[-No side-]
都会の中では比較的寂れた空気の漂う、とある町の一角。
ありふれた会員制のバーに擬態して存在するその場所が、実の所は裏社会でも名の知れた巨大組織の幹部御用達であり、紹介が無ければ足を踏み入れることも許されない場であることを知る者は、然程多くはない。
溜まり場と呼ぶにも足りぬ程度の客しか訪れない、秘められた場所───というのがその店を知る者の、店に対する評価であり理解でもあった。
だがその日、ある青年にとって不幸なことに、偶然にも “知る者” たちが多くその場に集まっていた。
バーを知る彼らは皆、組織の目であり耳であり、そして何より戸の立てられぬ口でもある。それ故に、その日バーで起こった出来事の子細は余す所なく、寧ろ尾鰭すら付けて、瞬く間に広く組織に知れ渡ることとなった。
噂は噂を呼び、小さな疑念は大きく育つ。
下手を打ったと気づいた時には、もう遅いのだ。青年が噛み付こうとしたそれ(・・)は、一見晒された喉笛のようで、実のところは逆鱗であった。それも、柔そうな見た目に反して、青年が牙を立てた程度では傷さえ付かぬほどに、頑強な鱗であった。
結局、ただ龍の機嫌を損ねただけに終わった青年の浅慮が招いた未来の選択肢は、ふたつにひとつ。疑わしき者として殺されるか、大人しく条件付きを受け入れるか。
いずれにしろ青年は、龍が煙とともに吐き出した言葉に端を発する事実無根の噂に屈するより他、道はなかったのである。
あっさりと疑いの目を向けられてしまった青年の無様を、龍が心底から喜んだり面白がったりしていたなら、青年もまだ救われただろう。あるいは、龍が全力で自分を殺しにかかってきていたなら。
しかし、龍は青年のことなど大して気にも留めていないのだった。
────時は、青年が魔女に伴われてバーへと足を踏み入れたところまで遡る。
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作者名:櫂渦【とーか】 | 作者ホームページ:https://www.pixiv.net/users/28997649
作成日時:2023年12月8日 22時