957. ページ8
先に鍵を渡してしまったのは、間違いだったと言わざるを得ない。
無理矢理に鍵を奪おうにも、近接戦で勝てると希望を抱けるほどジンと私の実力は拮抗していないし、万が一に懸けて戦うにはリスクがあまりにも大きすぎる。
そもそも鍵を奪えたからと言って何が解決するわけでもないのだから、私の負けは目に見えているのだった。
悔しさに噛み締めた唇から、たらりと血が滴り、服を汚す。情に訴えかけたところで響く相手ではないとわかっていたけれど、それでもAの苦しみを思うと堪えられなくて、きつく握りしめた手にもぬるりと嫌な感触が広がった。
「ハァ…そのあたりにしておけ。自分のせいでてめぇが怪我をしたと知れば、Aが後で悲しむ」
「っ、誰のせいで────」
言い募ろうとした私の言葉は、無情にも目的の階への到着を知らせたエレベーターのチャイムに阻まれる。ゆっくりと開き始めた扉を前に、もはや一切の為すすべを失った私に向けてなのか、ジンが軽く笑ったのがわかった。
「フン、てめぇがそこまで絆されていたとは想定外だったが、まぁ当然といえばそれまでか」
「…待って、何が言いたいの」
思わせぶりな呟きを残してあっさりとエレベーターを出ていこうとしたジンの背中に、問いかけながら慌てて後を追う。
望んでわかるようになったわけではないが、決して短くはない付き合いがある以上、互いの癖は良くも悪くも互いに理解していた。
その経験に基づけば、こういう時の彼は、もったいぶった末に重要な情報を落としていくことがある。ついでに言うならば、彼の機嫌は今、随分と良くなっているらしいことも、何となくは読み取れていた。
もちろん、その機序は私にはとても理解できていないのだけれど。
「…どうせ言いふらされたところで困りもしねぇ、弱みにもならないことだから教えてやる」
「言わないわよ、教えて頂戴」
早くも目当ての部屋の前に到着したジンが、鍵を差し込みながら私を横目に見た。一瞬、その眼が意地悪く……否、悪戯っぽく光った、気がした。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 117人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
櫂渦【とーか】(プロフ) - シリーズを繋ぎ直しました！続きを読む、で次の話に飛んでいただけます！ (8月14日 23時) (
レス) id: 7ff0039a36 (このIDを非表示/違反報告)
櫂渦【とーか】(プロフ) - 点Ｐさん» ごめんなさい、コメントいただいて初めて次の話にシリーズが繋げられていなかったことに気づきました！まだ続きもupしてあるので、お楽しみいただけると幸いです！ (8月14日 23時) (レス) id: 7ff0039a36 (このIDを非表示/違反報告)
点Ｐ - 追いつきました…最高です！今まで見た中で一番好きです！最新頑張ってください！ (8月14日 21時) (レス) @page50 id: 7d48b43935 (このIDを非表示/違反報告)
櫂渦【とーか】(プロフ) - 乌罗伊利亚さん» ありがとうございます！これからもお楽しみいただけるよう頑張って参ります！！ (7月4日 21時) (レス) id: 7ff0039a36 (このIDを非表示/違反報告)
乌罗伊利亚 - とても面白かったです！今、一番好きな作品です 更新頑張ってください！！ (7月4日 12時) (レス) @page50 id: 21b25aa0ce (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：櫂渦【とーか】
| 作者ホームページ：https://www.pixiv.net/users/28997649
作成日時：2023年3月11日 21時
