知ってはいけない

明晰夢 ページ7

最悪だ、と思った。

真っ白な空間、遠くに見える黒い人影。
人影の大きさは、目が覚める直前に見たものと同じように見える。

昨日見た夢と同じだ。昨日の続きから始まっている。
昨日と同じように、だんだんと私に近づいて来ている。
ただ一つ違うのは、人影に対して今までに無い程の恐怖心が芽生えていること。

本能が逃げろと言っている。アレをこれ以上近づけてはならないと訴えている。だから逃げたい。逃げるべきだ。分かっている。

けれど、動け、動けとどれだけ頭の中で叫んでも、体は昨日と同じく全く言うことを聞かない。足がすくんで動けない、とかじゃない。体全体が動かない。指先も、視線も、何もかも自分の意志では動かせない。まるで自分の体じゃないみたいだ。

私が必死になっているなか、人影はそんなことはお構いなしにどんどん距離を縮めてくる。
一定のスピードで、直立不動のまま真っ直ぐにこちらへ向かっている。それが視認出来るくらい近づいていた。


「(こんな夢、早く覚めてしまえ！)」


あ。そうだ。夢の中で逃げられないなら、夢の中から出ればいい。
あいつから逃れる方法は、最早夢から覚める以外に見つからない。
体はきっと、どれだけ願っても動かない。だから動かすのは諦めよう。
その代わりに、夢から覚めることを願うのだ。

覚めろ。覚めろ。
逃さない
心の中で強く念じる。
覚める気配は、ない。
人影は変わらずこちらへ来ている。
確実に近づいているはずなのに、何故かあいつの姿は靄のようにぼんやりとしていて、細かい部分がよく見えない。
そんな得体の知れない奴への恐怖と、一向に夢から覚める気配がないことへの焦りで、頭がどうにかなってしまいそうだ。


早く覚めろ。早く、早く！
逃さない

無情にも景色は変わらない。人影との距離は、もう十メートルも無い。

どうして？どうして覚めないの？どうすれば覚めるの？
……もう、逃げられないの？
たとえこの場所から逃れられたとしても、我はお前を逃さない
気づけば人影は目の前にいた。もう三メートルも離れていなかった。
人影は巨大だった。ニメートルはあるんじゃないか、と思う程に大きかった。
あまりの恐怖を前に唖然としていると、人影が手を伸ばしてきた。

その瞬間、触れられたら駄目だと悟った。
ほんの少しでも触れられたら、私は無事じゃいられない。そんな気がした。
人影の手は眼前に迫っていた。

覚めろ、覚めろ、覚めろ！
お前は知ってしまった

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