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ずっと音楽が好きだった。歌うことが生きがいだった。歌うことが生きることだった。歌うことで呼吸が出来ていた。
けれど、あの日、突然歌えなくなった。
それは彼の、天月のせい。
大好きで大嫌いだった。
いつでも私の傍に居てくれて、いつも私と歌って、ライブにも出させてくれて。
いつからか、私は歌い手になっていて。そして私と天月は相棒だ、相方だと言われる様になって。私もそう思って居て。
歌うことに、生きると言うことに彼が加わった。
彼と音を紡ぐことで毎日が変わった。更に大きく飛べる気がした。
それが嫌だった。
彼と歌うことで、一緒に居ることで、何もかもに振り回されてしまっていた。
どうしたら彼が笑うかな、どうしたら彼が喜ぶかな、どうしたら彼を歌で振り向かせられるかな、どうしたら彼を歌で引き止められるかな。
今ままでは自分だけの声だった。
けれどそれが彼の声になってしまっていた。彼の声に、動作に、言葉に、態度に、歌に、詞に、歌声に、捉われてしまった。
そして、声が出なくなった。
彼の全てに捉われたと分かった瞬間に歌えなくなった。
彼に歌声を引き上げられて、歌声を奪われた。
…___なんて言い切ってしまえれば楽なのだろうけれど。
半分本当で半分嘘だ。
半分の理由は、彼へ抱いている好意に気付いてしまったから。
それまで毎日何だか分からない気持ちに歌って必死になっていた。それに気付いた時。同時に私の想いが彼にバレて、彼が離れて行ってしまったら。
怖くなって、泡になって消えて行った。戻って来なくなった。
元々、私は歌う事だけに執着していたので歌い手としてやって行くのに名前なんて考えなかった。
そのため、本名で歌い手として活動していたので、ある日から全くTwitterに顔を出さなくなった時はトレンドに本名が乗る、と言う光景にはさして何の感情も持てなかった。
そんなのどうだって良かったから。
「あー、あーー………っ、」
今、彼にツインボーカルとしてステージに立たせて貰おうとしているため必死に、毎日毎日歌おうとするが一向に歌声が空気に触れて、その空気を揺らしてくれることはない。
普通に声を出し、そしてそのまま音を……と思ってもそれは無駄だった。
やはり、この恋心と、彼の詞が私の声を引き出してくれようとはしないのだ。
彼は、私の詞で動かせることも無ければ、泡になってしまった声に振り向いてくれることもないのだ。
つまり、私は一人だ。
私一人の恋で、私一人だけのステージだ。
私一人だけの音楽になってしまった。
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ほさと - とても感動しました。占ツクの歌い手様を扱った作品には珍しくしっかりと小説になっていて、一介の読書好きとしても嬉しかったです。どの作品もとても美しい比喩があり、音読したい作品だなぁと思いました。 (2019年7月14日 20時) (レス) id: fdc2472f82 (このIDを非表示/違反報告)
弓乃 - 皆様の素晴らしい文章に心が震えました。ありがとうございます。執筆お疲れ様でした。これからも頑張って下さい。 (2019年6月17日 16時) (レス) id: d99258de7b (このIDを非表示/違反報告)
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