005号室 ページ6
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よしどめさん、もとい、吉留さんと初の顔合わせをしてから数日。
会える気しますよ、なんて別れ際に軽々しく言ったものの、今までずっと会えなかったのだ。
そんなばったり会えるわけなど……
「柊さん?」
「……吉留さん」
……と思っている矢先に会うという言霊の凄さ。
少し濡れた髪を見ると、おそらく私とは入れ違いなのだろう。
「こんなところで会えるなんて。今からですか?銭湯」
「そうです。お風呂にお湯ためるのももうめんどくさくて」
「あーわかるわかる」
アパートから徒歩数分とはいえ疲れた体には手厳しいな、なんて思っていたのに吉留さんと会えただけで疲れが溶けていくような気がするのだから、不思議だ。
まあ実質全然溶けてへんねんけど。
全然疲れてるんやけど。
「いやあ、今日は疲れましたよ……」
だからか。
思わずそう、呟いていた。
あまり弱音を吐くのは好きではないが、今日くらいはいいだろうと思いながら。
少しぬるめの風に揺られているその店の暖簾を見つめながら、ふうと長い息をつく。
「……柊さん」
「?」
「顔、すごく疲れてるように見えるんだけど」
「……いやまあ、今も言いましたが疲れてるんでそりゃあ、」
「やっぱりさ、」
__働きすぎじゃない?
意識が、どこかに遠のいていくような、不思議な感覚。
ガツンと、衝撃を受けてしまうということは、自分でもたぶん、心のどこかでそう、思っていたから。
柊さん、とまた名前を呼ばれる。
それは、いい宥められているような、子供を言い聞かせるような、優しく甘い、甘ったるい声色。
「……心配、してくれてるんですね」
「そうです。……俺も、結構忙しいけど、柊さんの方がなんかもっと忙しそうだから」
「……たしかに夏とか凄そうやもんなあ、」
「でも柊さん、俺がここに来てからずっと、そういう顔してますよ」
ああなんだ。
この間の違和感はこれか、と頭の中で合致がいく。
心配されてる。
心配してくれてる、吉留さんは。
本気で、本当に、ちゃんと。
上辺だけじゃない、確かな優しさ。
はは、と笑ってみるものの、覇気のないものとなって、瞬く間に空気中に消えていく。
「……ちゃんと、温まってきますね」
『大丈夫なの』
そうやって聞いてくる人とは大違いだなと思った。
では、とそそくさと入った銭湯で、私はちょっぴり泣いた。
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ちわわ - 初めまして!もうめちゃくちゃ刺さりました…大好きすぎる作品です…!第2章のパスワードを教えていただいてもよろしいですか…? (2022年6月3日 2時) (レス) id: 8e9e78c35a (このIDを非表示/違反報告)
蓮 - 初めまして!とても素敵な作品ですね!続きが気になります!第2章のパスワードを教えていただけますか? (2021年3月26日 17時) (レス) id: ce4eaa6c55 (このIDを非表示/違反報告)
ヤマダマカロン(プロフ) - 第二章と片岡さんのお話のパスワードを教えてもらいたいです! (2020年10月10日 2時) (レス) id: 41c2841ae6 (このIDを非表示/違反報告)
Sn(プロフ) - はじめまして!素敵な作品で一気読みしちゃいました(TT)第2章も他の作品も是非読みたいです! (2020年3月6日 1時) (レス) id: 9a92e69ecf (このIDを非表示/違反報告)
巻 - 好きです、でした、、汗 (2020年2月14日 1時) (レス) id: bbe11dd873 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヨムヨム | 作成日時:2019年9月11日 12時