理想と時間 ページ16
荒んでいると言われた言葉に、すぐ否定できなかった。
塚本先輩から赤城に誘われた時にも一番にAさんを思い出し、会えるのではないかと淡い期待さえ抱いた。
そうして積み重なって、茂木の事が背を押したのか彼女の事を好いていると認める前に憧れまで諦めを促されているような気がした。
夜闇に溶け込むベンツと違って、変えようのない事実を示されたわけでない。
けれど、理由を無しに会える接点はなく、遠い癖に小さな事で一喜一憂するなどまるで少女漫画の主人公の様。
いい加減、忘れるべきなのだと思った。
ただ、初めて会った女性の走り屋で、偶然に、話してくれていただけ。
進展のない一目惚れを認め諦めるというのは気力も体力も消費するようで、だが以外にも彼女に対して怒りの矛先が向くことはなかった。
当たり前と言えば当たり前だが、高校生の俺一人が高嶺の花に感情を忙しくさせただけだという儚くてちっぽけなそれをようやく、飲み込める所だったのに。
「久しぶり、拓海くん」
遠征初日の顔合わせ。
変わらない笑顔で俺を見る瞳に、惹かれざるを得なかった。
「本当に久しぶりだったね。車も変わってるみたいでびっくりしちゃった」
「いえ…」
各々、プラクティスを前にしばしの自由時間。
毎回の参加は叶わないかもしれないけれど、とサポートにあたる旨を告げるAさんは変わらず優しくて、可愛らしくて。
折り合いをつけられていたはずの思考がそうでなかったのだとすぐに悟る。
どう話せばいいのか、顔を見ればゆだる感情で傷つけやしないかと上手い返事もできない。
新しい事を享受し成果を上げていく日々は多忙で、この後話ができる機会は少なかった。
けれど彼女はいつだって変わらずに気にかけてくれた。
卒業を機に手にした携帯を見たAさんは嬉しそうにアドレスの交換を求めてくれて、遠征の前後には必ず応援と労いのメールをくれる。
出会ったあの時大人に見えたAさんは隣に立てばやはり華奢に感じて、細っこい腕にも関わらず部品が詰まったボックスやタイヤさえも運搬を買って出て俺らの作業を潤滑にしてくれる。
男所帯の過密スケジュールで段々おざなりになっていく整理整頓や清掃、食事の調達に自分らの体調管理。
事細やかに尽力してくれる彼女がいる日の遠征は、皆も心なしか余裕がある様に感じた。
そうして数回遠征を経験して、時間のおかげか徐々に彼女と普通に話せるようになった。
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作者名：み
| 作成日時：2023年8月10日 14時
