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八十六 ページ21

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車に戻ると、Aが扉を開けるのを見て沖田はシートベルトに手を掛けた。
いつものように指差し確認し、男はアクセルを踏む。



「前方良し。百メートル先対向車、注意」




「了解」




職務中ではないというのに仕事のような口ぶり。
否、勝手に口が動いているのだ。





「…びびってんのかぃ」




沖田はやれやれ、と言ったように口を開いた。
溜息を一つついてオーディオに手を掛ける。
軽快な音楽が流れ始め、男は音量を落とした。



「怒っちゃいねえよ。ちょいと釘を刺しただけでさぁ」



「沖田さんがああやって言ってるの初めて見たので、少し驚きました」



「ったく。あんだけでびびるなんて警察官の風上にもおけねえやぃ」



「びびってませんよ。びっくりしただけです」



「へぇへぇ」




沖田は話半分で、ハンドルを切る。



「でも…肝に銘じて置きます。警察官という仕事は特に自立性や積極性が必要とされますから。



知らないうちに上司に任せるのではなく、気づいてすぐに動くべきでした」



そう反省の言葉を述べると、男はまた溜息をつく。




「そういう反省を求めていたんじゃねえけどな」




鈍い奴、と愚痴をこぼして停車する。

信号が変わるまで待っていると、沖田はグローブボックスを開けるよう促した。
その指示に従い開けると、仰々しい台紙がひとつ。
恐る恐る手に取り開くと、二枚の写真が貼ってあって




「綺麗な人…」




思わず感嘆の声漏らした。




「沖田さん、見合い話きたんですか?しかも、こんな綺麗な人」




写真を見ながら騒ぐAに、沖田はぷっと吹き出した。
運転しながら、奇妙な声を出して彼は笑う。



「今までの話の流れで分かんねえとか、やっぱAは面白えや」



「はあ?沖田さんが見せてくれたからじゃないですか」




顔を顰めていると、また信号に引っかかる。
沖田はこちらを見て、にやりと笑う。






「それ、土方さん宛の」






思考回路が停止する。
また写真に視線を戻す。

端正な顔立ちをした綺麗な女。
お淑やかとはこのことかと言うほどに、大人な落ち着きを感じた。
指先にはシンプルなネイルが施されていて、お洒落とは程遠いAと大違いだ。



(女性らしい)



大雑把に整えられた自分の爪を見て、きゅっと拳を握る。





「…へえ。お似合いじゃないですか」





心にもない言葉に、




「人見て我が振り直せってこった」




沖田は鋭い言葉をAに突きつけた。


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作者名:Nattu | 作成日時:2022年5月10日 23時

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