八十 ページ15
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放り込まれるように自室に戻る。
「少しは頭冷やしたらどうですかぃ」
荒々しく腕を払い、沖田は部屋から出ていく。
涙が滝のように流れ、松平に言い返しにいく気力すら蝕われていた。
顔も感情もぐちゃぐちゃになってしまっている。
「…入るぞ」
控えめな低い声が聞こえて、身体をゆっくりと起こす。
瞼が熱くなっていて、入ってきた影がぼやけて見える。
「無理矢理立たなくていい」
土方は優しくAを布団に寝かせる。
そして、側で胡座をかいた。
気まずそうに俯いている。
「…すまなかった」
男は開口一番謝罪を述べた。
驚いて濡れた目で見れば、土方は眉を下げた。
「お前が千影に会いに行った日。
あいつに退職願を貰ったんだ」
帰り際、土方達とすれ違ったことを思い出す。
お疲れ様です、と端的な会話しかしなかったものの、二人共少しだけ暗い顔をしていたのが気になっていた。
恐らく、あの時にはもう千影の行く末の話は為されていたのだ。
「黙っていたのは、千影の意志だ。
もし、Aに相談したら、馬鹿みてぇにいつまでも帰りを待っているだろうからってさ」
「…待ちますよ、そりゃ。大事な同期…相棒ですから」
横たわりながら、空っぽになった千影の机が目に入る。
『A〜。クッキー買ったんだけど食べない?』
机上に勉強道具よりも多いお菓子を広げて、楽しそうに笑う彼女が目に浮かぶ。
もうそんな生活は来ないのだ。
二人にしては狭いすぎると愚痴っていたこの部屋も、今のA一人には広すぎるくらいだ。
「言ってたぜ。Aには申し訳ないことをしたってな」
涙が滲んでいく。
(きっと一番辛くて、悩んでいたのは千影なのに。
気づいてあげられなくてごめん)
枕の上に引いたタオルはもう意味を成していないほどに、水分を含んでしまっていて。
不意に長い指がAの頰に触れる。
「自分を責めんな。千影もそれを望んじゃいない」
また行こうと約束した買い物も、旅行も、
彼女の運転で見廻る巡回も、
くだらないお喋りも、
『もし、その時が来たら、私に手伝えることが言ってよ。
私はAの一番の味方だよ』
(その時が来る前にいなくならないでよ、馬鹿)
まだ千影としたいことは山程あったのに、
「隣にいることが当たり前だと思ってたのに、何でなのよう…!!」
これほどに現実が夢であって欲しいと願う日はなかった。
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作者名:Nattu | 作成日時:2022年5月10日 23時