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「そうですか…分かりました。ありがとうございます」
そう言って彼女は電話を切った。
土方を見て首を横に振る。
これで、近くの宿泊施設はあと一棟だ。
「やっぱり駄目ですね。ライブもあるし、この雨で私達みたいに急遽泊まる人もいるし」
「車中泊にしても、ずっとエンジンかける訳にもいかねえしな…」
まだ肌寒い季節だ。
布団も積んでいない車内で寝るには、風邪を引いてしまいそうだ。
Aは意を決したようにボタンを押す。
携帯電話を耳に当てながら、神妙な面持ちだ。
「はい…ええ…はい」
反応を見るに、どうやら外れのようだ。
頼みの綱もどうにもならなかったらしい。
しかし、
「えっ…あっ…いや、でも」
女は不意に声を上げる。
黒目をうろうろとさせながら、手持ち無沙汰な片手で髪を掻いた。
それを横目で見ながら、電話を切るのを待つ。
雨はまだ降り止みそうにない。
「すみません、分かりました。はい、ありがとうございました」
「その様子じゃ、駄目だったようだな」
「まあ、はい」
歯切れの悪い返事だ。
視線を落とし何かを言い迷っている。
この女のいつもの癖だ。
「なんだ、言え」
強く言えば、Aは少し怯えたような顔でこちらを見た。
捨てられた子犬のような不安げな目をしている。
「泊まる当て…あるのはあります。さっきのホテルの方から、紹介してもらいました」
「そこに泊まればいいじゃねえか」
「…簡単に言いますね、本当に」
Aは眉間に皺を寄せた。
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話を聞いて、まずやめようという気持ちが沸いた。
Aが戸惑ったのも尚更だと納得した。
しかし、この雨と帰ろうにも帰れない状況。
背に腹はかえられない状態だった。
少し薄暗い部屋にシャワーの音が響く。
気分が落ち着かず、机上にある紙を手に取るも内容を見てすぐに裏返す。
(よりによって何でこいつと)
ベッドの端に腰を下ろし、頭を掻く。
静かに風呂場の扉が開く音がして、髪を拭きながら彼女は恐る恐る現れる。
「すみません、先に。ありがとうございます」
火照った頬と丈の長いバスローブが妙にリアルで、
「気にすんな、俺も入る」
入れ替わるようにして風呂場に足を踏み入れる。
無駄に広い浴室にバスタブ。
勢いよく、シャワーの蛇口を捻り、
(これはただの出張。たまたまここに泊まっただけで)
頭の中で何度も言い聞かせながら、髪を濡らした。
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作者名:Nattu | 作成日時:2022年5月10日 23時