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真冬さんは私の存在を見止めると、ぱぁっと顔を輝かせる。
少し小走りになりながらこちらへ寄った真冬さんの顔は上気していて。急いでここまで来た、ということを察するのには充分だった。
「……なん、で。……あの曲」
真冬さんを目の前にしたとたんに、自分がろくに話す言葉も考えずにここまで来たことに気が付く。
なんて声をかけようかと迷っていたら、出てきたのは疑問と言えるかどうかもわからない、単語の寄せ集めだった。
「……えと、自分でもわかんない、ですけど……たぶん、僕はAさんにいなくなってほしくなかった、んだと思います」
ろくに言葉を考えてこなかったのは真冬さんも同じようで、途切れ途切れの言葉しか出てきていない。
でも、その内容はあまりにも私の耳には心地よすぎる。幸福感を感じると共に、足元から地面が消えてしまったような不安を覚える。
「……そんなこと、言っても。駄目ですよ。……私たちは歌い手とボカロP。それだけの関係だったでしょう?」
素直に真冬さんの言葉を受け入れることができたらどんなに良かったか。
でも、受け入れるには私は弱すぎた。
一度幸せを知ってしまえば、もう元には戻れない。それならば、最初から幸福になんて縋らないで生きた方がよっぽどマシだ。
「……もう、AさんはボカロPじゃありません」
「だから、私はもう真冬さんに会うことは……」
ありません。そう続けようとしたが、遮られた。
「違う! ボカロPとしてでなくてもいいから、僕の傍に居てほしい。そう思っちゃ、ダメですか……?」
きっとこれは真冬さんの本音。
そのことを理解しているのに、声を出すことができない。……肯定も、否定もできない。
「……もうAさんに、
俯いている私に対して、真冬さんはしっかりと前を向いている。
大きく深呼吸をして、私も前を向いた。
「……私も、同じこと要求しますよ」
傍に居てほしい。
それは同時に、私の願いでもある。
真冬さんは、目に見えて明るくなり、ふわりと微笑んだ。
ああ、私は彼のこんなところに惹かれたんだな、と今更ながら思ってしまう。
「当たり前じゃないですか」
「……今度こそ、炎上免れないですよね」
「あはは……」
にっこり笑って、顔を見合わせる。
胸の奥にぽっかりと開いていた穴が、綺麗に閉じた。
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千々(プロフ) - そらねこさん» お話の波乱万丈さをあまりかけなくて、心情描写に気を使ったのでそう言っていただけてとても嬉しいです! ありがとうございます! (2020年7月15日 19時) (レス) id: b78eeb1902 (このIDを非表示/違反報告)
そらねこ(プロフ) - ああ……好きです……心情描写が細やかで綺麗で切なくて、読み終わった時なんか胸がふわっとしました……語彙力がなくてもどかしい!ありがとうございました! (2020年7月14日 18時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - しぇるふぃあ。((芦原晴))さん» ですよねですよね! 個人的にその台詞すごく気に入っていて! そう言っていただいて嬉しいです! 両片想いからの両想いっていいですよねぇ……このお話それを書きたくて書いたんですもん←← (2020年7月14日 17時) (レス) id: b78eeb1902 (このIDを非表示/違反報告)
しぇるふぃあ。((芦原晴))(プロフ) - 個人的に両片想い→両想いが大好きなのでドストライクでした。良い作品を読ませていただいてありがとうございました!! (2020年7月14日 12時) (レス) id: a3aac3bf63 (このIDを非表示/違反報告)
しぇるふぃあ。((芦原晴))(プロフ) - はじめまして、コメント失礼します。有名人ならではの恋のし辛さやSNSでのトラブルの展開がいいスパイスになって、全体的にしっとりとした雰囲気の漂う作品でした。mfさんの「ユーフォリアなんて言わせない」がとてもよくて涙腺が……! (2020年7月14日 12時) (レス) id: a3aac3bf63 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:千々 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/tidierika2/
作成日時:2020年6月7日 15時