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学校の討論会で教えられたとおりに、結論から言おう。アイは戻って来なかった。いーくんはもうあえないなら最後まで演ってあげればよかったねえと淋しそうに言った。けれど自分じゃない自分を演じることが性に合わない薄情な私は正直ほっとしてさえいたし食事もむかしアイがアメリカかどこかで買ってきた私の味覚には合わないグミみたいな奇天烈な味はしなくてつまり普通で、でも彼女がいない生活は虚しかった。その感覚はまるでやってくる時期を間違えて拗れた夏風邪のようだった。それは長く、長く続いて、やがて持病と化して私の中に染み付いた。アイがいないのにいーくんと私は離れたりしなくて、そのまま彼女がいない狂気の日がやってきた。
「A。ラム」
「なに、いーくん」
「アイは、死んだのかな」
「い、きてる、よ」
生きてるよ、きっと。それだけ言うのに酷く時間が掛かった。いーくんはなんだか切なそうな顔をして、それから、唐突にえーびーしーでぃー、と歌い出した。
「e、f、g、h、i。真ん中はジー、でもきみは黒いカサカサ虫みたいで厭だっていったから、グラムからとってラム。Eveと、Iの中間地点」
アイの話だったのに、私の話になっている。
ずっと前に決めたことだった。いつもは忘れられていて、でも台本の中では私はラムだった。なぜか。
「ラム。A。ねえキスしたい、だめ?」
「台本がなくても?」
「うん」
台本通りにはいかない、私がつけているのは店員さんにこれ甘いんですよ、と勧められたチェリーピンクだ。
だからかもしれない。
甘いのに変わったから、キスするのかも。焦れったいんだよねえ、と、狂ってなかったアイがへらりと笑った光景を思い出した。急に。
「ねえ、あとでクッキー作ろうね」
タッパーにもちゃんと入れて、アイが見つけられるところに置こうか。彼の声に頷く。
「たとえ台本になくてもね、すきだよ」
もしわたしがすでにくるっているとしたら、つぎにひとり狂うのはイヴの日かもしれない。甘く溶け出す閉ざされた紅は、けしてそれを止めない。
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こんにちは。しろひつじといいます。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
素敵な企画に参加できて嬉しい限りです。
感謝しています。
さて、次のお話ははつねさんです。
すうっと心に入ってくる、滑らかで素直だったり歪んだ狂気が綺麗に描かれているお話がだいすきなので私もたのしみです。
改めて、ありがとうございました。
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瑠璃?(プロフ) - 更新いつも楽しみにしてます。 とても素敵な作品ばかりで尊敬します……! 春音さんのお話に出てきた先輩は弟の姉さんでしょうか? 合ってたらお友達d)) ……これから更新されるお話も楽しみにしてます! (2016年10月29日 9時) (レス) id: 72272aaac8 (このIDを非表示/違反報告)
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