ルージュの甘さくらべ ページ4
☆
キス、したいな。
戯れに呟いたことがある。彼は微笑った、していいの、と。その細い指でむりに視線を合わせられると、くすぐったくて、頬が熱くなりそうで、それから妙に苛立ったことを覚えている。カルシウム不足だったんだろう。だってそのときは彼の作るホットミルクのほのかな甘さなんて知らなかった。
「しないくせに」
似合わないと解りつつ拗ねた上目遣い、くるりと踵を返して、ベッドに雪崩れ込む。また既視感が廻り出す、同じことをなぞっていく。それは飽くまでも無防備なままだった。一時間前に塗った流行りの明るい色のルージュは甘いなんて聞いてないからきっと苦いだろう。不味いんだと、私が、決めた。これがあるからいつまでもしてくれないのだと、自分自身を宥める言い訳。特に好きな色と言う訳でもないのに友人に無理矢理買わされて塗られてだから私のもので、勿体無いから使っている。哀しいことに、そんなものでも彼よりはずっと私のものなのだ、このルージュは。欲しくも無いのに手の中にある。
「誰が出来ないなんて決めたの?」
彼はまた綺麗にわらう。ベッドに寝転んで背を向けているのに、見えた気がした。
「僕だってね、きょーみあるんだ、君に。ラム?」
すきだからね。柔らかく相好を崩す、似合わないよ妖艶を纏う振りをするのは。わたしもきみも。
んで、いーくんはベッドの端に座って、またラム、じゃなくてAと目を合わせて。それから。
「違う! カット!」
「私もういやだよ。何がハロウィン」
「分かるでしょ? お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ」
「いーくんに迷惑。去年みたいにクッキー作ろう」
「ここまできてそれはないでしょ」
「なんのために我慢したと思ってるの。あんたが暴れると手をつけられないの、一昨年は我慢した、去年はめちゃくちゃになった、いーくんと私の忍耐力を褒めてほしいよ」
アルファベットのアイ。いーくんと私は彼女をそう呼んでいる。姉御肌で明るく美しく、けれど一年のうち一日だけ豹変して手をつけられなくなる不思議な女の子。まあ、普段からちょっとずれてるけど。
承知の上で彼女とつるんではいる、でも、疲れた。今までのは彼女が書いた演劇の台本に沿ったへたくそな演技で、繰り返されてきたもので、変に甘い。きっと砂糖をとある限度以上に入れすぎたチョコレートはそんなふうに甘ったるいんだと思う。
彼女の台本の厄介なところは、まるでものがたりみたいなところだ。
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瑠璃?(プロフ) - 更新いつも楽しみにしてます。 とても素敵な作品ばかりで尊敬します……! 春音さんのお話に出てきた先輩は弟の姉さんでしょうか? 合ってたらお友達d)) ……これから更新されるお話も楽しみにしてます! (2016年10月29日 9時) (レス) id: 72272aaac8 (このIDを非表示/違反報告)
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