椎名淡音 ページ23
人気のない、仮校舎の裏で停止する。他の人の気配もぷつ、と切れるとともに、彼の足音も止まった。私は小さく深呼吸して、嫌みったらしく投げ掛けた。
「隠れないで。バレてるんだから大人しくでてきなよ」
「……いつから？」
「教室から」
まじか……なんていってボリボリと頭を掻く。昔とは変わってしまった血管の浮き出た大きそうな手のひらは、すっぽりと彼の頭の左半分を覆う。
変に上がりきらない眉。独特な口角の上がり方。頭を掻く癖。全て昔の、少し前までの、優しくて格好いい、私の王子様のままなのに。
ううん、王子様なんて一方的な、昔の話、覚えてないよね、きっと。
「ねぇ、なっちろ」
「うっわその呼び方なつかし」
「ねぇ、ってば」
ぐいっ。身長差のだいぶある彼の綺麗な瞳をめがけて鋭く睨む。校舎の影に自分達の身体が隠れるように袖を引っ張って、距離を詰めた。
どうなったのか分からない、と言わんばかりに間抜けた顔で、首を傾げる彼に、聞こえるよう鈍感、と罵ってやる。久しぶりの感覚に慣れないのか、はたまた普通にショックなのか、眉を下げた。
「なんで、なんでなの」
「なに、が」
「一緒にずっといるって言ってくれたじゃん、馬鹿」
目の奥が熱くなる。鼻水が垂れてきそうになってむず痒い。そして、思わぬ以上に震える手足。
私はもう、感情的になりすぎていた。自分でもよく分からなるくらい、泣いた、喋った。
今までうやむやにしてきた私達の関係が嫌だった。
最初は文句だけのつもりだった。
言いたいことあるんなら言いなよ、って。
けど、言い始めるうちに気がついた。
私が彼のこと、どう思ってたのか。どう見てたのか。
──そして、この胸の奥がジリジリ、焼け焦がれていくような、この感覚が恋だってのにも。
「俺さ、」
「うん」
「Aのこと、ずっと憧れてた。いつか横に立てたらって」
「それって、さ、」
「分かったら、届きそうで届かない、この位置が苦しかったんだよ」
涙ながらにそういう彼に感化されて、押さえていた堤防は堆積の限界量を突破した。次々溢れ出るそれを、彼の長い指がそっと掬う。自然に開かれた彼の胸に飛び込んで啜り泣いた。時折地肌や首筋に感じる水の冷たさは、彼と一体に慣れたような気すらして、不思議と安心できた。
「ねぇ、もうやだよ」
「分かってるよ」
「離れないでね」
「うん」
「「好きだから」」
まだ明るい秋空に、声を重ねて翳した。
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瑠璃?(プロフ) - 更新いつも楽しみにしてます。 とても素敵な作品ばかりで尊敬します……！ 春音さんのお話に出てきた先輩は弟の姉さんでしょうか？ 合ってたらお友達d)) ……これから更新されるお話も楽しみにしてます！ (2016年10月29日 9時) (
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