シェイクスピアの外で最後のワルツを、 ページ19
彼女の天体みたいな肌が好きだった。
どこが愛しいかなんて聞かれれば思いつくことはないけれど多分全部愛しかった。
お嬢様と、執事という関係はまさにシェイクスピアの餌食となって吸い込まれていく。
化け物が集ったハロウィンの夜の隅っこ。彼女は甘い匂いに誘われるようにして俺の部屋へとやってきたのだった。
もぞりと布団へ潜り込んだ愛しい愛しいお嬢様は、細い指を唇に当てて内緒ね、なんて笑う。
勿論、とこちらも笑って、それから彼女の背中と頭に手を回して抱きしめてから幾許かの時間が経った
胸のあたりに顔を埋めた彼女は動かない。死んでいるかと思うほどに綺麗な寝顔はしかし、息をしている。
セピアの君が息をするのを見ている。
俺は寝たふりをして息を止めていた。
冷たい夜の空気が今日は甘い。確かに君の体温は俺の傍にあったのだった。
「…しんさん、しんさん、」
ついさっきまで俺の胸の中で寝ていたはずの彼女の声。
ゆらりゆらり揺さぶられて、起こす声とは裏腹に控えめで心地の良い揺れにそっと体を委ねていれば頬をぺちぺちと叩かれた。
君の細くて白い指、青々と浮かんだ血管。頬にあった手がそっと退いて、髪をといた。
その流れるような仕草が目を瞑りたくなるほどに綺麗で心臓が止まりそうになる。
彼女はいま深紅のワンピースを身にまとっている。いかにも高そうな肌触り。童顔の君には似合わない気もしたけれど、瞳を瞬く度に音を立てそうな長い睫毛と白い肌に生々しい色気を与えた。
「…A、何。起きてたの」
普段呼ばない彼女の名前。舌の上で転がして、世界から隠すみたいに呼ぶ。
二人でこうして愛し合うときはお嬢様、ではなくAって名前を呼ぶのがルールだった。
髪を触った手を取って、今度は反対に俺がその柔らかな髪を撫でてやる。
猫みたいに目を細めたAは、仮装をしなくたって十分に悪魔みたいで、魔女みたいで、必要以上に魅力に溢れているというのに。
シーツが擦れる音と軋んだスプリング。よく知っているような、知らないような君の匂い。
いつもと違う枕の感じがひどく心地よくて。
「しんさんの寝顔、好きだよ私。」
でも今のは寝たふりでしょう?
そう言った君の言葉は甘味に溢れている。
君の唇から零れ落ちる言葉は全部甘美な響きに溢れている。
唇にそっと指を宛がえば零れ落ちそうだった次の言葉を彼女はひゅっと呑み込んで、
笑った。
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瑠璃?(プロフ) - 更新いつも楽しみにしてます。 とても素敵な作品ばかりで尊敬します……! 春音さんのお話に出てきた先輩は弟の姉さんでしょうか? 合ってたらお友達d)) ……これから更新されるお話も楽しみにしてます! (2016年10月29日 9時) (レス) id: 72272aaac8 (このIDを非表示/違反報告)
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