最愛の悪役さん【ヒロアカ】 (ページ1)

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ブツッ、ていう鈍い音がしたすぐ後くらいに、ドサッ、という物が崩れ落ちる音が家の中で低く響いた。

ーーまた、やらかしちゃった。お父さんの言いつけを守れないせいで、叩かれちゃったや。

起き上がろうにも力が入らず、冷たい木製の床板に伏したまま、目まぐるしい早さで捲し立てる怒号を聞き流す。

最後にご飯を食べたのはいつだっけ？最後何食べたっけ？

取り止めもないことをそうやって考えて、お父さんの怒りが静まるのを大人しく待った。そして、私がそれをしているのを知っているお父さんは、更に怒って、今度は髪の毛を引っ張られて強制的に立たされた。痛みに顔を歪ませ、プチプチ髪が抜ける微かな音を聞いた。それから、何が気に入らないのかわからないお父さんは、そのまま私を放り投げる。細くて痩せっぽちな小さな身体は、それはもう簡単に吹っ飛んで行った。

お酒の瓶がごちゃごちゃに並べられた机に当たり、それらを巻き込みながら再び床に崩れ落ちる。床に落ちた私の上に、重たい瓶が殴るように落ちて、床の上でそれが割れると、チクチクと欠片が肌を裂いた。

また、血が出ちゃった。

もはや痛みすら日常のワンシーンでしかなく、じくじくと泣き叫ぶ神経に諦念のため息が出そうになった。

今回はこれですっかり気が済んでしまったお父さんは、どっかの部屋へ消えてった。ようやく、平和が訪れたみたい。

危険が去った後でも起き上がれない私は、じっと手元の赤を見つめていた。全体的に白と黒、それから灰色で構成された私の身体の中で唯一鮮やかな色。見るには痛いことしないといけないけど、やっぱりいつ見ても綺麗だなぁ。

真っ赤になった腕にそっと口付け、唇についた赤を、形に沿って指で伸ばしてみた。記憶の中の、お母さんがいつもしていた通りに。

今はどこにいるか分からないお母さん。毎日毎日、キラキラしてるお洋服を着て、綺麗な黒髪に色とりどりの飾りをつけて、こうして唇に赤いのを塗っていたっけ。たくさんおめかしして、出かけて、ある時突然帰ってこなくなっちゃった。いったい今はどこで何をしてるんだろ。

ぼーっとしていると、だんだん目の前が霞み始めた。体全体がほんのり熱くなって、指と足先だけ冷たい。そしてだんだん瞼に重みが増していき、完全に閉じた数秒後くらいにはもう、私は眠っていた。