出立まではあと ページ35
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「 すみません福良さん、俺Aちゃん連れて病院行ってきます 」
「 えっ?! 」
このまま小さい事件で終われば。
そんなことなかれ主義の私を許さないのは、いつだって伊沢さんだ。彼の大きな手が打撲の無い方の手首を掴み、福良さんにそう宣言する。
この人には全部バレてる。
本当は泣きたいほど痛いことも、本当は全然大丈夫じゃないことも。
……彼には全部筒抜けだった。
「 Aちゃん、行くよ 」
「 でも、伊沢さんまだ仕事残って…… 」
「 大丈夫、伊沢の仕事は俺がやっとくから。しずくちゃんはちゃんと専門家の人に診てもらってきて 」
福良さんの言葉に背中を押され、伊沢さんの背中を追うように会場を出る。その間、あんなにも騒がしい伊沢さんが喋り出すことはなかった。
なんだか、少し怒ってる……?
彼の愛用車に乗せられ、気まずい空気のまま、助手席で小さくなる。
なんだろう、この重たい空気。やっぱり迷惑かけただろうか。こんな大変なときに怪我するなんて!みたいな。
「 ねぇ、Aちゃん 」
「 ……はい 」
やっと声をかけられたのは、車が赤信号に引っ掛かったタイミングだった。
彼の視線がこちらを向くことはなく、ずっと横断歩道を横切る人々に送られている。
「 俺さ、今怒ってんだけど 」
「 あぁ、はい。ですね 」
「 なんでか分かる? 」
「 ……迷惑、かけたから? 」
「 不正解 」
横からでも分かるほど彼の顔はムスッとしてる。
本気で怒っている訳ではなさそうだけど、度合いがどうであれ、怒っていることは確かなよう。
悩んで首を捻る私を見かねた彼が、重たいため息を一つこぼした。呆れたような、安堵したような。さっきまで怒ってたのに、変な人。
「 俺は、Aちゃんが怪我を隠そうとしたことに怒ってんの 」
今度は、真っ直ぐと伊沢さんの視線が私を貫く。
一瞬、その瞳が纏う真剣な雰囲気に、私は呼吸の仕方を見失ってしまった。
―――「でも伊沢なら良いんだろ?」そういう河村さんの言葉を思い出す。
いつもふざけてて、うるさくて、強引で、バーゲンセールみたいな告白をして。なのに、他の誰よりも、私を見てくれてる。
でも結局、そんなとこが、全然、憎めなくて。
「 Aちゃん聞いてる?俺は怒ってんの!すっごく! 」
あぁもしかして私は、ずっと前から、彼を。
―――イベントまで、あと二週間。
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作者名:朝田 | 作成日時:2021年1月6日 19時