雲散霧消の兆候 ページ36
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私がもし、もっと強い人間だったならば。
こんな、ズルい方法は使わなかったのかもしれない。
イベントが二週間を切った辺りから、私はオフィスに顔を出すことを止めた。
代わりに一週間後に迫った出立に向けての準備に精を出し―――そして、今日はもうその当日だ。
実は、福良さんには丁度二週間前にバイトを辞めるという旨を伝えていた。
彼は長期休暇という扱いでも良いといってくれたけど、私にはまだ、バイトを続けた先に待っているであろう、社員の道を突き進む覚悟は決まってないから。
だからもし、留学後の私がまだここで働きたいと思っていたら。
その時は、正々堂々と就職活動しようと思ってる。
≪ ……Aちゃん、本当に良いの ≫
耳元に添えたスマホから聞こえてくるのは、いつもより1トーン落ちた福良さんの声。
最終確認を終えたトランクを閉め、私は肩と耳で挟んだスマホを手に持ち、「 はい 」と一言だけ溢した。
彼の言葉の意図を汲み取るのは容易かった。
恐らく、伊沢さんには伝えなくて良いのか、ということだろう。
「 ……言ったら、多分……行けなくなっちゃいますから 」
≪ ……そっか。うん、分かった。向こうでも頑張ってね、しずくちゃん ≫
「 はい。ありがとうございます、福良さん 」
通話を終えて、トランクの上にスマホを伏せる。
……どうせなら、飛行機に乗り込むまで気づかないままで居たかった。
今更、彼に忘れられることが怖い。
私に向けられていた沢山の言葉が他の人に向けられると思うと、どうしようもなく、苦しい。
私が日本にいない間に、彼が私よりもいい人に出会ってしまうのが、全部、全部。
「 ……馬鹿だ、私…… 」
まだ家を出る時間じゃないのを良いことに、トランクの上に顔を伏せる。
自分の涙なんて一番見たくない。私の涙なんて、可愛くもなんともないのに。
―――『 なんで謝んの。Aちゃんなんも悪くねぇよ 』
―――『 俺は君と、対等な立場で居たい 』
―――『 俺、今が一番、Aちゃんを近くに感じてるよ 』
―――『 なら俺がAちゃんの魅力を永遠に言い続けるよ 』
……好きだ。多分、自分が思ってるよりもずっと。
だから、嫌いだ。嫌いって思わないとやってられない。
どうせあと数時間で、離陸するんだから。
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作者名:朝田 | 作成日時:2021年1月6日 19時