白線はチョークで ページ28
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「 なんでここにあの『 伊沢拓司 』居んの?なんかの撮影? 」
やっぱり流行とかには疎い友人でも、社長のことは知っているらしい。
多分撮影じゃないんだよなぁ、とは、後々のことを考えて言わないでおこう。説明を求められ続ける未来が見える。
ここでわざとらしく興味を無くすのも怪しまれる気がしてじっと彼を見つめていると、傘を差して空を見つめていた彼が、突然こちらに視線を寄越す。
本当にそれは突然で、逸らす間もなくバチッと視線が交わり、彼は満面の笑みを浮かべて私に手を振ってきた。
なんて野郎だあの人は。自分の知名度をわかっていないのか。マスク着けてたって、友人のように分かる人には分かるというのに。
「 ねぇ、なんか、伊沢さんこっち見てない? 」
「 …… 」
……前までの私だったら、ここでどんな対応をしていただろう。
ガタッと立ち上がって彼を怒りに行っていただろうか。それともこの場で「 なにやってんだあの人! 」と叫んでいただろうか。
でももう、私にそんなことをする権利はない。
私と彼じゃ、住む世界が違うのだから。
「 気のせいじゃない?それより早くご飯食べようよ。冷めるよ 」
「 それもそっか。他の人は気づいてないみたいだし、部外者の私達が騒ぎ立てちゃダメだよね 」
部外者。まだ温かいうどんを啜りながら、その言葉を咀嚼する。流石に美味しくないな、この言葉。
もう私には関係の無いことなのだから、たとえ今日も例に漏れず傘を忘れたとしても、彼に頼るようなことは絶対にしない。
今まではズカズカと彼のテリトリーに踏み込みすぎた。これからはちゃんと、彼との間に引かれた線を意識して接しないと。
雨はまだ降り続いている。視界の端には、あの黒い傘をさして突っ立っている伊沢さん。それでも私は、一度だって彼に視線は寄越さなかった。
「 今日はこれからバイト? 」
「 うん。今日は別の人が休みになったから、代わりにシフト入ったの 」
「 働き者ねぇ 」
「 まぁね。お金はいくらあっても良いし 」
昼食を食べ終わってすぐに友人と別れ、大学を出る。
外はまだ雨。だけどこれくらいの雨なら別になんてことはないだろう。どうせバイト先に着けば従業員用の服に着替えるのだから。
「 Aちゃん!! 」
なのにあの人は、私を放っておいてはくれない。
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作者名:朝田 | 作成日時:2020年12月3日 19時