嫌いになれない ページ21
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「 いざ、さ……っ 」
「 っあ、ごめん……!怖がらせるつもりじゃ……あ゛〜〜マジでごめん! 」
情けなく涙が滲んできたところで、光の無かった彼の瞳にやっとハイライトが入ってくれた。
それだけで心底安心して、しゃくりをあげながら社長に支えてもらって体を起こす。
優しく抱き締めて、ポンポンと背中を撫でてくれる彼からは、先程の冷ややかな雰囲気はもう感じなかった。
代わりに暖かい温度を持った声が「 ごめん。もうこんなことしないから。だから安心して 」と優しく私を安心させてくれる。
まるで、さっきまでの彼が幻覚だったかのようだ。
「 Aちゃんがあんまりにも無防備だから、意地悪しちゃった。ほんとごめんな 」
「 う、うぅっ、わた、も……ごめ、なさ……っ 」
「 なんで謝んの。Aちゃんなんも悪くねぇよ 」
あんな冷ややかな伊沢さんも始めてだけど、こんなに焦っている伊沢さんも始めてだ。
いつもどこか飄々としていて掴みにくいけど、今だけは、彼という原型に指を沿わせている感覚がある。
テレビの音と、私のすすり泣く声だけが響いていた部屋に、洗濯機が乾燥が完了したことを無機質な音で知らせてくる。
これ以上彼の胸を借りる訳にも行かなくて、私はするりと社長の腕から逃れると、そそくさと脱衣所に向かった。
……なに、取り乱してんの、バカ。押し倒されたくらいで、バカじゃないのか、私は。
彼にその気が無いことくらい分かってるのに、目の前にいるのが彼自身なのに。
……なんであの時、咄嗟に彼に助けを求めちゃったのだろう。
「 ……やめよう 」
これ以上、さっきのことを掘り返すのは。
洗濯機から乾いた社長の服を取り出して、丁寧に畳み、リビングに持っていく。彼はソファーに座ったまま頭を抱えていて、その姿を見ると、何故だか言い様の無い罪悪感が募ってきた。
私なんかが、泣いたりしたから。
私なんかが、取り乱したりしたから。
だから彼は今、頭を抱えているの?
「 ……い、伊沢、さん…… 」
「 え……っ今、伊沢さんって言った?!言ったよな?!結婚しよ?!? 」
「 っ、言ってないです!ほら、泊まらないならさっさと着替えて帰ってください! 」
……なんて、そんなことあるわけないか。こんな人の事を一ミリでも心配した私がバカだった。
今度から心配する相手は選ぼう。
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作者名:朝田 | 作成日時:2020年12月3日 19時