好状況 ページ4
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思えば……あれって、一目惚れって現象だったんだろうな。
不意にそのときのことと彼の浴衣姿を思い出して、顔の筋肉が緩んでしまった。
「翔ちゃん、かがみをみながらニヤニヤしてる。……キモイ」
台の上に乗って、俺の隣で歯磨きをしていた和が じと目している。
ぅうんと咳払いをして、俺は整髪料を棚に戻しネクタイを絞め直した。
「そろそろ時間よー」
「「 はーい 」」
姉さんの声で、和と揃って玄関へ向かう。
「今日もお願いね、翔」
「ああ」
「お迎えは、母さんが行くからね、和」
「うん」
昨年の秋、姉さんが職場で倒れた。
２か月ほど入院をしなければならないと医者に言われたとき、
父も母もいる家なのだから、和を無理して保育園に通わせなくてもいいだろうという話が出た。
和は、母親が倒れたという不安の中で、
病院に毎日通えるなら保育園に行かないと言ったけれど
車の運転ができない父と母には、駅前の病院まで毎日バスで通うと言うのは無理な話で
「それなら……
じいちゃんもばあちゃんも好きだけど、
オレ… 母さんに会えないなら、さとしに会いたい」
そう、和は訴えた。
そんな和の願いに応えてやってほしいと姉さんから頼まれる前に、
俺は、あの園へ毎日送迎する役を引き受ける心づもりはできていた。
職場がある方向とは真逆にある保育園。
毎日１時間も早くに家を出て、
仕事もほぼ定時で終わらさなければ迎えの時間に間に合わない。
そんな悪条件ではあったけれど、俺には意気込みしかなかった。
もちろん、和のためではある。
でも、包み隠さず明かせば、
あのとき会ったあの人に会えるかもしれないという下心に、俺は完全に支配されていたんだ。
そして、その予想どおり、
和の送迎をしているうちに、彼との距離は近くなった。
残務処理もそこそこに保育園に飛んでいく俺の姿は、
「叔父バカ」と呼ばれ「櫻井主任の隠れた顔」と職場で言われるようになってしまい
仕事重視の上司からは煙たがられたけれど、そんなことはノープロブレムだ。
彼の誕生日には、思いのたけを込めたバラの花束も渡せたし、
『友人』という地位を手に入れた。
俺にとっては、おつりがくるくらいの好状況だったのだ。
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