淡紅舞う 4【煉獄杏寿郎】

163.君がいる ページ13

「あ、そうだ！

　お兄ちゃん、この傘返すよ！

　あの時は貸してくれてありがとうございました。」


　男の子は菫(すみれ)色の桜流しの模様の和傘を

　俺に差し出した。


「それは君にあげたものだから、返す必要はないぞ！」


「ううん！これは今、お兄ちゃんに必要なものでしょう？

　あの時お姉ちゃんに言われたんだよ！

　"この先君が生きていく道で困っている人を見かけたら、

　そっと手を差し伸べてあげてね"って。

　大切なお花が濡れちゃうといけないよ！」



　彼の言葉を聞いた時、目の奥が熱くなって、

　気を抜けば目から涙がこぼれ落ちそうになった。


　君がいる。


　この街には君の心が生きていて、

　人々に幸せをもたらしている。



　困った人を放っておけない性分の君は

　たくさんの人の心に明かりを灯した。


　優しくて、あたたかい、幸せな灯火。




「君は素敵な大人になるだろう。

　ありがとう。感謝する！」


「えへへ。感謝だなんて…

　俺は借りていた傘を返しただけだよ！」



「おや？雨がだいぶ弱まってきたみたいね。

　これならきっとあまり濡れずに帰れると思うわ。」


　弱まった雨は、大地に優しく降り注ぎ、

　草花を撫でるようにその葉を伝う。



「雨宿りをさせていただき、ありがとうございました！

　そろそろ行きます！」


「いえいえ。気をつけてお帰りくださいね。」


「お兄ちゃん、また来てね！」


　彼らに手を振ると、

　俺はあたたかな気持ちと共に再び歩み始めた。



　Aがいなくなった世界は、
　
　寂しいだけ、辛いだけだと思っていたんだ。


　だが、そうではないことを知ることができた。


　君は生きている。


　俺の心に。


　人々の心に。

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