慈雨の裁きを ページ20
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例えば今、目に映るものが幻覚だったとしたら。
地に足を着いて立つ世界が夢の中だったとしたら──?
「……A」
「来ちゃ駄目だよ炭治郎、もし動いたら私から殺しに行くからね」
──今すぐに自分の頚を斬って目を覚ますのに。
「なんで、どうしてなんだ」
「うっかりしちゃった、鬼の血が傷口に入っちゃって」
飴玉を太陽に照らしたようなあの綺麗な瞳は、光の宿らない瞳孔を中心に血走っている。昨日までは生えていなかった鋭利な八重歯は血を塗ったような唇が開く度に顔を覗かせていた。
俺は、人間が鬼へと変貌する過程を目の前で見た人間だ。今対峙している奴はもう……もう、人ではない。
鬼の顔をしているのに、首から下に纏わる衣服が隊服だなんて。鬼を殺す立場の人間が鬼になってしまうなんて、そんな酷いことは、あってほしくなかった。
昨日、Aだけに課された単独任務。今日の昼になっても帰ってこなくてAの鎹も本部となる産屋敷邸には帰還しなかった。ここに近づくにつれて嫌な予感はしてたんだ。嗅ぎ慣れたAの匂いに生物の血が混ざっていたから。
「……炭治郎、私のこと殺したい?」
この村には俺とA以外、人がいない。生気の匂いを感じない。鬼になってしまった直後は激しい飢餓状態に陥るから、無差別に生きているものを喰ってしまうのだ。だから周辺の血の地面はきっとAが。
毎日毛繕いをして可愛がっていた鎹さえも喰ってしまったんだ。稀血の一般人に魔除けとして与える藤の香り袋が血に染められて落ちている。
抜刀しなければいけないのに。腰に刺した日輪刀の柄を握ったまま、身体が動かない。人間じゃないんだぞ、もう目の前の彼女は鬼だ。殺すべき標的だ。
「既に人を喰ってしまったから、禰豆子のように認めてもらうことはできない。だけど、人間であろうが鬼であろうが……」
ーーAであることに変わりはない。
「ふふ、質問の答えになってないよ……」
鬼殺隊としての答えならもう出てる。「殺す」選択しかないのに、俺はAに刀を振るいたくはない。鱗滝さんが昔言ったように、俺は判断が遅いんだ。
「……Aを殺すのが、怖いんだ」
目が変わったって、人間の味を知っていたって、AはAだ。昨日まで俺の傍で笑っていてくれたAだ。
「ありがとう、炭治郎」
俺の使う呼吸が水で、本当によかった。
……伍の型で、Aを殺してあげられる。
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琴音 - めちゃくちゃ、キュンキュンしました!ありがとうございました🙇 (2022年3月22日 17時) (レス) id: 65eb06c570 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:^^* | 作成日時:2020年1月8日 22時