5 ページ5
大きな机に、黒いプレートがつぅ、と動いた。そいつには金の字で名前が彫り込まれているが、Aの指先がそれを机の奥に追いやった。
机に腰掛け―――普通、そこに座ったら首が飛ぶような机に―――華奢で余分な肉のない綺麗な足をゆっくりあげてみせれば、金の字で彫り込まれた名前を持つ男が床に跪き、艶やかなベージュのパンプスをその足にそっとはめ込んだ。
パズルのピースがぴったりはまるように、靴はAの足にきちんとその身を収めると、照明に反射してアーモンドトゥが身を翻すように光る。
男はそのつま先にキスを落として、手を華奢な足に伸ばし、溶けるような手つきで撫でた。
組んでいた足を解き、つま先で男の顎を猫を撫でるように触ってやれば、男はその汚いどろりとした目でAを見上げた。
Aも同じ目で、薄い唇を弧に描く。きゅぅ、と上がる口角に男の右手が足首、脹脛、太ももをなで上げ、左手がAの頬に触れる。
「オイタはやめてくださいね」
「連れないな。でも、綺麗だよ」
左手が掬った黒髪に、男が口付ける。
ちらりと男が目線を投げるので、Aはその手をそっと撫でながら、同じ場所にキスをした。
「悪い子だ」
「イイコが好きですか?」
「いいや……野郎からもらった靴で走り回るくらいのお転婆娘がいい」
「ん、やーね」
くすくすと笑ったAは黒髪を耳にかけ、せり上がってきた男の右手を手で叩いた。それ以上は割に合わないわよ、という合図である。
靴はトラッゼ=ラ=ブールの最新作ものだ。
ヌーディなベージュカラーはストラップ付きで、これなら走りやすそうだと、仕事のことしか考えていなかったAは、はやり高級ブランドだけある履き心地に感嘆した。
アーモンドトゥだから躓く心配もそうない。
ポインテッドトゥは走りにくいのだ。先端の鋭さでよくコケる。その分アーモンドトゥは良い。
そもそもヒールのある靴で走るのはいかがなものかと思うが、走らざるを得ない状況というのがAにいつも付きまとうのだから、しょうがない。
そして目の前の男、上層部の一員である初老の金持ちはこうしてAに靴を送っては、それを履いているAを目にしてにんまりするのが趣味なのだ。
世の中には一癖も二癖もある趣味……性癖を持つ人間など、五万といる。
自分の上に立つ人間がそういったものを持っていても、Aは驚かなかったし、挙句取引として使ったのだ。
1239人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぱーぷる姫(プロフ) - すみません、下のコメントで気が付きました。気づくと鳥肌です!また1から読み直します! (2022年8月25日 0時) (レス) id: be661beda4 (このIDを非表示/違反報告)
もちもち - 最高でした。言葉選びとかセンスがツボに刺さりまくりました。赤井と糸川で「赤い糸」になるのも気づいた時に鳥肌止まりませんでした。とにかく最高でした。 (2021年5月5日 1時) (レス) id: b3862cde2f (このIDを非表示/違反報告)
舞(プロフ) - 続編お願いします(T_T) (2020年8月8日 13時) (レス) id: e826140184 (このIDを非表示/違反報告)
vm - とても、すてきな言葉のセンスから見える世界観がとっても、大好きです!なかなか赤井落ちはないので、ありがとうございました! (2020年5月1日 0時) (レス) id: d0a5fbaba4 (このIDを非表示/違反報告)
syubyi - いい、、すごく良かったです、、、続きを、、後日談的な続きを、、 (2020年4月11日 14時) (レス) id: 4a176e1186 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年4月4日 23時