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「赤井さんは器用でしょう」
「どうしてそう思う」
「どうしてでしょう。でも、不得手ではないでしょ」
「そうだな」
「実際言われると腹たちますね」
「嘘をついたほうがよかったか?」
「いいえ」


君の指に囲われた月がみたい。空にぽかんと浮かんでいるやつじゃない。川面に映る月をつかまえたくなる気持ちと同じだ。君の指に囲われた月が、見たいんだ。


「だが、君が恋愛に不得手だとは考えてもいなかったが」
「そうですか?」
「あぁ。得手中の得手かと」
「まあ、仕事ともなればそうでしょうけど。でも、きっとそうなんでしょうね。仕事に擬似恋愛を使いすぎてしまったらしいんです」
「だから本物の恋には不器用になってしまったと」
「そういうことです。多分」


赤井は、手すりに腰掛けた。Aの横顔が見れるよう、彼女の横に、月に背を向けて。

さわさわと風が癖毛と濃いブルネットをすすいでいった。


「ちゃんと恋愛がしたい、と思ったときには遅かった」
「ホー。遅いも何もあるのか」
「あるんですよ。一歩が踏み出せなくなるんです。臆病になったんですね。高校生でもちゃんと恋愛してますよ、きっと」
「彼らは青春のど真ん中で生きているから得意なんだ。三歩進めば違うことに目が向くような時期だからな」


Aがけらけらと笑った。そう言えばそうですね、なんて空を見上げながら言うもんだから、赤井は自ずと空を見上げていた。

やはり雲がかかっている。時折見える星も、すぐに隠れてしまう。


「もう三十も超えたでしょう。仕事一筋の方がいいのかなって思ったときもあったんです。
でも、どうしたってその人が頭から離れてくれないんだから、これは無理だなと一瞬で考えを覆したんですよ。諦めるって、ああいう時に必要なんですね」


Aが、指の輪を解いた。そのまま、指が手すりを掴む。


「でも、恋をするには心が錆びすぎてた」


溜息に溶かし込んだような声色に、赤井はAを見た。

月は雲を蹴散らし、その柔らかな光でAを見た。

息をのむ。


綺麗だと、強く感じた。


背中を駆け上がる焦燥感は、彼女が誰かに取られてしまわれないかという心配と、嫉妬と、怒りが混じり合って煮詰まって、マグマのようにドロドロになったもの。


咄嗟に赤井はAの腕を掴んだ。


「きみの錆は、とけるだろう」


捕まえておきたい、自分のものにしたい。そばにいてほしい。



赤井の目に宿った熱で、Aの瞳がとけた。

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ぱーぷる姫(プロフ) - すみません、下のコメントで気が付きました。気づくと鳥肌です!また1から読み直します! (2022年8月25日 0時) (レス) id: be661beda4 (このIDを非表示/違反報告)
もちもち - 最高でした。言葉選びとかセンスがツボに刺さりまくりました。赤井と糸川で「赤い糸」になるのも気づいた時に鳥肌止まりませんでした。とにかく最高でした。 (2021年5月5日 1時) (レス) id: b3862cde2f (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 続編お願いします(T_T) (2020年8月8日 13時) (レス) id: e826140184 (このIDを非表示/違反報告)
vm - とても、すてきな言葉のセンスから見える世界観がとっても、大好きです!なかなか赤井落ちはないので、ありがとうございました! (2020年5月1日 0時) (レス) id: d0a5fbaba4 (このIDを非表示/違反報告)
syubyi - いい、、すごく良かったです、、、続きを、、後日談的な続きを、、 (2020年4月11日 14時) (レス) id: 4a176e1186 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年4月4日 23時

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