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赤井はもう少しかかるからと言うので、じゃあお先に、と席を立つ。


「あぁ、糸川管理官」


フロアのドアを開けようと、ドアノブに手をかけたところで、後ろから飛んできた声に振り返ると、予想外の至近距離に男が立っていて再度驚かされた。

気配を消したな、と男を見上げると、彼の背中から溢れるパソコンの淡い光が集った瞳が、とてつもなく美しいモスグリーンだということに気づいて、思わず見とれる。


「……な、んです?」
「お近づきの印だ。受け取ってくれ」
「へ」


暗くて見えないが、手触りからしてショッパーを渡された。ちょっと重みのあるそれを、赤井はAの手にそっと握らせると、その青白くて隈の濃い顔からは想像できないくらい、優しげな目で小さく笑った。


「ガラスの靴とはいかないが」


覆い被さるようにぐっと距離が縮まり、男の長い手がドアノブを先回りして開る。Aはやさしく背中を押されてフロアから追い出された。


「おやすみ。しっかり寝るんだぞ」
「言われなくても。……おやすみなさい」
「あぁ。いい夢を」


ばたん、と目の前で閉められたドアを見て、Aは歩いた。

廊下を抜けて、エレベーターに乗り込み、裏口から出て、駐車場にある愛車に乗り込み、家までの道を駆ける。


ラジオから流れる、静かな音楽がやけに耳についた。

その歌は、確か、そう。愛とはなんだろうと問い、愛を歌うものだった気がする。


愛は川だという。穏やかな葦を飲み込んでしまう。
愛は刃だという。あなたの心から血を流させる。
愛は飢えだという。終わりのない痛みが必要だ。
愛は花だという。あなたはその種である。


冒頭部分の歌詞を和訳しながら、車をマンションの地下駐車場に入れ、車から降り、エントランスを抜け、厳重に設定されたセキュリティを通過して、自宅のドアまでたどり着く。


傷つくことを怖がれば、ダンスは踊れない
夢から覚めることを怖がれば、チャンスはつかめない
奪われることを怖がれば、何も与えられない
死を怖がれば、生きている喜びもわからない


ラジオは聞こえていないはずなのに、その声はAの耳に張り付いて離れないまま、歌い続ける。

背中で、重圧なドアの施錠音が響き、静かで真っ暗な室内に、ひとり取り残される。


ただいまも言わないで、Aは献上物の靴を脱ぎ捨て、カバンとジャケットを椅子の背に引っ掛け、左手のショッパーをローテーブルにそっと置いた。

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ぱーぷる姫(プロフ) - すみません、下のコメントで気が付きました。気づくと鳥肌です!また1から読み直します! (2022年8月25日 0時) (レス) id: be661beda4 (このIDを非表示/違反報告)
もちもち - 最高でした。言葉選びとかセンスがツボに刺さりまくりました。赤井と糸川で「赤い糸」になるのも気づいた時に鳥肌止まりませんでした。とにかく最高でした。 (2021年5月5日 1時) (レス) id: b3862cde2f (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 続編お願いします(T_T) (2020年8月8日 13時) (レス) id: e826140184 (このIDを非表示/違反報告)
vm - とても、すてきな言葉のセンスから見える世界観がとっても、大好きです!なかなか赤井落ちはないので、ありがとうございました! (2020年5月1日 0時) (レス) id: d0a5fbaba4 (このIDを非表示/違反報告)
syubyi - いい、、すごく良かったです、、、続きを、、後日談的な続きを、、 (2020年4月11日 14時) (レス) id: 4a176e1186 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年4月4日 23時

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