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午後九時四十二分。糸川Aは微睡みの一歩手前で、立ったまま壁に肩肘を預けて脱力していた。

疲れた。あぁ、本当に疲れた。

無情なことに、照明も既に消されたフロアで、マリアナ海溝より深く太平洋より大きな溜息を一度つき、Aは重い体を壁から離す。


Aの仕事は多岐に渡る。本当は、サイバー犯罪対策班として情報管理やらネット犯罪対策やら、目に見えない場所で起こる犯罪に対応するべき仕事内容が、今では要らん仕事まで回ってくるようになった。

そう、Aが女という性別であるから。

上層部に巧いこと言って、ちょっと尻を触らせても笑って許して、接待をする。
高級寿司を目の前にお酌をして自分は一口も胃に収めることなく、笑って相槌をし、同情し、同感する。

そういうのが、Aは非常に上手かった。しかもそこに「女」という性別が拍車をかけ、今現在の疲労感に至るのだ。

靴をもらうのも、いい顔して接待するのも、全ては仕事のため。

現場で爆弾処理を行う機動部隊が上手にその道を走れるよう、周りの交通整備から風速の調査まで、Aを経由して現場職員に情報が送られる。

的確な判断と、持ち得る情報の数。無駄のない作戦に、成功がもたらすのは負傷者死者の軽減。

死人を出すな、これ以上。自分の仲間がこの手からこぼれていってしまったとき、唇を噛み締めて誓った言葉を思い出す。

これ以上、私のような生きた屍なんて出しちゃいけない。

現場にいた降谷も同じ気持ちだっただろう。

彼のほうが死というものを間近で見ただろうが、近さを除けば場数はAの方が相当上である。

モニターの向こうで温度を失っていく友人の肉片を前に、Aが何度狂い泣いたことか。


 

今日も変わらず、あの手この手で上の人間を操り、盗む。

この庁内にいる人間の内、Aを
「仕事のできる強い女」
と何人が思っているのだろうか。彼女の裏側を知りもせず、ランチに誘う女たち。

パスタを巻き取るフォークが、どれだけ透明な血に染まっているか、知らないままに。

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ぱーぷる姫(プロフ) - すみません、下のコメントで気が付きました。気づくと鳥肌です!また1から読み直します! (2022年8月25日 0時) (レス) id: be661beda4 (このIDを非表示/違反報告)
もちもち - 最高でした。言葉選びとかセンスがツボに刺さりまくりました。赤井と糸川で「赤い糸」になるのも気づいた時に鳥肌止まりませんでした。とにかく最高でした。 (2021年5月5日 1時) (レス) id: b3862cde2f (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 続編お願いします(T_T) (2020年8月8日 13時) (レス) id: e826140184 (このIDを非表示/違反報告)
vm - とても、すてきな言葉のセンスから見える世界観がとっても、大好きです!なかなか赤井落ちはないので、ありがとうございました! (2020年5月1日 0時) (レス) id: d0a5fbaba4 (このIDを非表示/違反報告)
syubyi - いい、、すごく良かったです、、、続きを、、後日談的な続きを、、 (2020年4月11日 14時) (レス) id: 4a176e1186 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年4月4日 23時

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