デートは談話室 ページ16
ロビーで少し待つと、入庁許可証を首に引っ掛けたAがやってきた。
「お待たせしました」
「いや、構わない」
あの車高の低い車内とは大分異なる表情にAも、もう困惑しない。彼女もまたにこやかな笑顔を湛えたままなのだ。
ロビーには他者の目がある。彼らの関係を問われた時、叔父と姪だと言えるようにしなければならないし、そもそも秋本はこの仕事場で随分長いあいだこの顔で通してきた。
今更暴言が吐けるような居場所に自分が立っていないことは重々承知している。
「こちらこそ、遅くに呼び出してすまないね。帰りは送っていくから」
「いえ、ご迷惑です。それにもう子供じゃないんですよ、私」
傍から見れば仲の良い親戚。それか、知人。おじさんとむすめ。
「差し入れ、ありがとうな。お返しと言っては難だが、飲み物でも奢らせてくれ」
「いいんですか?」
「ああ。私も少し休憩したくてね」
談話室に行こうか、と秋本はAが持っていた紙袋を受け取って先を進む。彼女も微笑んでそれに従った。
ロビーにいた職員の目は彼らの横を通り過ぎるばかり。時折秋本に声をかける人はAを見ると、姪っ子さんかい? 可愛らしいねえ、なんて褒めてから足早に去っていく。
談話室に入ると、そこには誰もいなかった。薄い煙草の煙を照らすように、自動販売機が座っている。立ち込める薄い、燻る匂いとは対照的に、そこには安らかな空気が存在していた。
「さつまいもバター……ペーストと、ごろごろ?」
「マッシュが粗いか細かいかの違いですよ」
「さつまいもにさつまいもで返すとはな」
「付加価値もしっかりと」
「ありがたく受け取っておこう。お前の怒りもな」
「ええ、そうしてください」
談話室にテーブルは無くともソファはある。黒いレザー素材のそれに腰を沈めた秋本は胸ポケットから煙草を取り出すと、ぱちん。火をつけて、ふしゅうと煙を吐いた。
一服して、背もたれに埋もれた男。Aは自動販売機の間にあるモルタル製の柱に背をあずけたまま、憂いを帯びた表情でぼうっと突っ立っている。
最初に言葉を吐いたのは、男のほうだった。
「どうだった」
Aはポケットに入れてあったUSBを男に手渡す。
「女子トイレの盗撮です。カメラの場所はその中に」
「十分犯罪だな。かなり早いが、知ってたわけじゃないだろうな」
「まさか」
腕を組んで、笑う。クラウン……アルルカンのような、笑み。
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◎たなは◎(プロフ) - 仕立て屋さん» コメントありがとうございます! 返信が遅くなりすみません。大変嬉しいお言葉です! 美味しく楽しく元気よく、これからも仕立て屋さんがもぐもぐされますよう心からお祈りしております。 (2017年6月17日 18時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
仕立て屋(プロフ) - 最後の最後で泣かせやがってちくしょうが!(誉め言葉) ついついほろりと来てしまいました。ご飯は感謝して、美味しく食べるのが一番だと改めて思いました。 遅くなりましたが、完結おめでとうございます。またどこかで、伏線等々は供養してあげてくださいませ。 (2017年3月26日 22時) (レス) id: 12a3217b1f (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - Razu.さん» はじめまして。コメントありがとうございます! とても嬉しいです……! お腹も心も満たせる、そんなきもちをお届けできていたら幸いです。 (2017年3月25日 15時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - 莉子さん» いえいえ、上手とはいえません……! どちらかというと食べる方が好きです。 (2017年3月25日 15時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
Razu.(プロフ) - 食事というテーマから、ここまで物語を造り上げられることに、本当に本当に憧れます。これからも応援してます!>< (2017年3月24日 16時) (レス) id: f9eec0b2ee (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年3月15日 22時