【名探偵コナン】逃紡劇【赤井秀一】

辞職 ページ3

引継は異例の早さで行われた。仕事という仕事を部下に託すことは、大した問題にもならず事はスムーズに進んだ。元より鷹守の仕事は部下へ日頃から教え込んでいたため、引き継ぐ事といえばあの書類はここであのファイルはここであるというような、ほぼデスクワークに関わる事ばかり。
　隣で補助をしていた降谷は鷹守が動きまわるたびに、柄にも無く周囲には分かりづらい程度でソワソワしていたし、いつもデスクに留まっていない秋本も引き継ぎ期間は珍しく書類整理に勤しんでいた。そんな小さくも優しい気遣いに、鷹守は感謝する。

　つわりやだるさで苦しみながらも、表にはそれを一切出さずに短期間で鷹守は引き継ぎを全て終わらせると、まるでそのデスクには誰もいなかったかのように机を空にして職場から消えた。


■


　秋本と降谷の他にもう一人妊娠した事を話した人間がいる。それを一人と言うのか、一組織というのかは微妙だか。

『あら、おめでとう』

　とあるツテで親交を深めていた宮野志保。彼女は子供だった姿から大人の姿へと戻り、相変わらず阿笠博士の所で研究を続けている。子供の姿ではなくなった今でも、遊びにやってくる探偵団の三人組と楽しくやっているらしい。
　電話越しの声は優しい宮野に、鷹守は静かに口を開いた。

「海外に飛びたい」
『マリッジブルー？』
「残念だけど付き合ってすらない」
『正気？ あなた好きなんじゃないの』
「そりゃあ好きだよ。子供を産みたいと思う程ね」
『熱烈ね。で、本人には言わないで逃げるってわけ』
「逃亡劇に協力してとは言えない。ところで、宮野ハカセ。好きな国はどこかな。日本以外で」
『…………あなたも随分意地の悪い事をするじゃない』

　知り合いの医者がイギリスにいるわ。ちょっと変わってる奴だけど、悪い奴じゃない。それに機転も利く。連絡を入れてみる。話がまとまったら近日中に報告するから、その間にこっちへいらっしゃい。一人じゃ危ない事だって多いでしょ。つわりも辛いでしょうし、あまりこの時期に動き回るのは良くないわ。

　鷹守は思った。つくづく、周りの人間には良い人が多い。

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