引継 ページ2
産婦人科医の言葉を反芻しながら車を地下駐車場に入れる。
妨害。妨害ではないが、彼女の言葉が無ければ気持ちが揺らいで堕ろしていたかもしれない。己の非情さに笑いかける。自宅のドアを開け、背後で施錠音がしたところで脱力した。閉まったばかりのドアに背を預け、溜息に似た息を吐く。
子供。子ども。こども。
子どもが腹の中にいると知り、そしてそれを実感した。産むと決意し、その実感を色濃くさせながら考える。
愛しいあの人と、自分の血が混ざった人間。どれだけ素晴らしい贈り物だろう。
「決めたんだ」
産むって。ちゃんと、育ててみせる。
「でも、ごめんね」
呟くように言葉を紡ぐ。腹をさすりながら、話しかける。
「君にお父さんという存在を、与えてあげられない」
ごめんね。紡いだ言葉は、広いマンションの一室に蔓延る暗闇に溶けて消えた。
■
翌日、鷹守は小さな会議室にとある二人を集めた。一番親しくしてくれていた上司と同期にだけ妊娠の報告と辞職をするつもりでいる事を話す。二人は話を聞いてすぐ、立ち上がって顔を見合わせた。嬉しそうだった。
「まず言わせてくれ鷹守くん。妊娠おめでとう」
「おめでとう」
上司、秋本。同期、降谷。普段あまり笑顔を見せない二人が照れ臭そうにして笑う笑顔は貴重だ。ありがとうございます、と頭を下げてから鷹守も笑う。あぁ、心強い。
「相手は赤井だろ」
降谷の言葉に鷹守は頷く。
「なんで知ってる」
「予想」
「ご名答。全部話します」
鷹守は全てを話した。一ヶ月と少し前、赤井と夜を共にした事。付き合ってもいないし、合理的性処理同然だった事。赤井にはこの妊娠を黙っているつもりでいる事。辞職の理由は日本から出る事。
秋本も降谷も、最後まできちんと話を聞いていてくれた。報告しない事へは「君がその方がいいと言うならそうするさ」と秋本は了承してくれたが、降谷は頷かなかった。
「何故言わないんだ」
「付き合ってもいない男とデキて、産みますなんて私は言えないし言わない。相手にも仕事があって、私には子供ができた。今後の円滑さには必要な手段だと思う」
「でも、お前、赤井の事好きなんだろ」
「まあね」
軽く笑って見せれば、降谷は驚いた表情で鷹守を見てから、唇を噛んで視線を逸らした。鷹守は思う。ごめんな、降谷。今の表情は自分でも反則だと思う。
だが、これが私の選んだ道だ。
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◎たなは◎(プロフ) - キスマイさん» 初めましてこんばんは。最後まで読んでいただいて本当にありがとうございます。感想をいただけて嬉しく思います。この嬉しさは今後の糧になります。本作は終わってしまいましたが、よろしければ他作でもお会いできることを楽しみにしております。 (2018年6月23日 22時) (レス) id: b9c1cce9d4 (このIDを非表示/違反報告)
キスマイ(プロフ) - はじめまして。最後までとても楽しませて頂きました。素敵な小説ありがとうございました。 (2018年6月7日 0時) (レス) id: 64045badf0 (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - はなさん» お褒めのお言葉ありがとうございます。楽しんで頂けたようで何よりです。これからも精進して行きますので、お時間許す限りお付き合いくだされば嬉しいです。 (2018年4月4日 17時) (レス) id: b9c1cce9d4 (このIDを非表示/違反報告)
はな(プロフ) - しっかりとした文章に作者さんは頭のいい方だなと思いながら読んでいました。表現や比喩の仕方もなかなかでとても楽しかったです。ありがとうございました! (2018年4月1日 2時) (レス) id: 0b253d056d (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - アカさん» 楽しんで頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます。続編とまではいきませんが、番外編を後日、他作のSS缶詰の方へ掲載できればと考えておりますので今しばらくお待ちください。これからもどうぞよろしくお願いします。 (2018年3月31日 20時) (レス) id: b9c1cce9d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2018年3月22日 1時