6 ページ6
かろんころん、と軽やかなカウベルが頭上で挨拶をするので、降谷はその心地よい音色に思わずドアの上を見上げて、次の瞬間、驚愕した。
本、本、本。
壁一面が本棚で埋まり、その本棚でさえも本で埋まっていた。
古めかしい本のインクと紙のにおいに混じって珈琲の香ばしい香りが店の奥から漂ってくる。
店内は一本の廊下の両サイドに本棚がぎっしりと埋まっており、本棚と本棚の間には人一人やっと通れる程度の道が枝分かれしていた。
床はチークの木でできたフローリングで、歩くとカウベルの音と似た、かろんころん、と軽やかな音が耳に心地よくこだまする。
廊下の突き当たりに、カウンターがあった。
珈琲の香りはそこから漂ってきていたようで、カウンターの内側には揺り椅子に座った老年の男が、細い丸めがねを押し上げながら、ゆっくりと顔を上げたところだった。
「おや」
優しげな声に、美樹が微笑む。
「こんにちは」
「やあこんにちは。今日はナイトをお連れかな?」
老年の男はほろりと笑うと、持っていた珈琲のマグカップをカウンターの内側に置いて、揺り椅子を一度、ゆらりと揺らした。
「やだあ、違いますよ。読書が趣味な方で、ここに連れて来たくって。あ、Aいます?」
「あぁいるよ。だがどうだろう、先程本の森に旅立ってしまってね。そろそろ戻ってくる頃なんだが……少し待っていておくれ」
美樹は頷いてから、隣にいる降谷に言った。
「あの配管みたいなやつに、一度でいいから喋りかけてみたいの」
降谷が“あの配管みたいなやつ”に目を向けると、そこにはいくつかの金属管が並んでいた。
なるほど、“あの配管みたいなやつ”とは伝声管のことらしい。
「ビショップ、ビショップ。どこにいるかな。旅に出たホームズは見つかったかね」
老年の男は背後の壁に設置してある伝声管に囁くように呼びかけた。金属管が老人の低いしゃがれた声で小刻みに震え、少しして、また金属管がりりり、と震えた。
『マスター、こちらビショップ。今しがた、やっとホームズを見つけました。あの人、2丁目5番地にいたんですよ。今からそちらに向かいます』
鈴の音のような、穏やかな声が金属管から聞こえた。美樹の探す、Aという女性らしかった。彼女が美樹の妹だとすれば、随分似ていない声であった。
少しして、頭の上を交差する空中廊下に足音が聞こえ、枝分かれした本の壁から女性がするりと抜け出し現れた。
212人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
tunatoromeji(プロフ) - 作者さんの紡ぐ言葉がとても好きです、だから他の作品も好きでした!この作品は本屋さんの雰囲気とかマスターとかチェスとさ私の好きな要素満載なので更新を楽しみに待ってます!応援してます!! (2017年12月27日 14時) (レス) id: 21a405ecbb (このIDを非表示/違反報告)
くうらぎ(プロフ) - 確かに降谷さんって結婚したくないとか思ってそうなタイプですよね。妹さんがどんな人なのか気になります。今後の展開が待ち遠しいです。 (2017年6月1日 14時) (レス) id: 3cf57895d6 (このIDを非表示/違反報告)
あんこ - 降谷はこんな人じゃないしー (2017年5月31日 23時) (レス) id: b2dbe2074b (このIDを非表示/違反報告)
りん - このあとどうなるか知りたい続きが楽しみにしてます頑張ってください (2017年5月31日 22時) (レス) id: aa9084d7b6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年5月31日 18時