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日曜の午後は職場に書類申請をして半休を取った。すべてのことはトップでいる降谷の唯一最下位なのは有給消化率で、半休申請の書類を上司に提出すると、にこにこと嬉しそうに受け取ってくれた。
「君もやっと落ち着いてきてくれたか」
まるで息子に言うような口ぶりだった。
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午後二時半の待ち合わせには、降谷はいつものように「安室透」として出向いた。降谷の中で今日の午後も「仕事」であり「デート」や「交際」の類では無かったし、そもそもそういった気分にすらなれなかった。
「ごめんなさーい」
待ち合わせの場所に五分遅れで到着した山川美樹は、先日と同じく、豪奢な雰囲気を纏っていた。やはり警視監の娘。厳しく育てられたか、甘やかされたかの二手にわかれるのか、と降谷は日本の未来に手を合わせたくなった。
「待ちました?」
「いえ、今来たところですよ」
「ならよかったです!」
美樹はぱっと顔を明るくさせて笑うと、指先で髪の毛をくるくると巻きつけながら、
「今日楽しみにしてたんですー」
と微妙に間延びした声で降谷を見上げた。降谷はそれに「安室透」の笑顔で返す。
「僕も楽しみにしてましたよ。どんな場所に連れていってもらえるのか」
降谷がそう返せば、美樹は少しムッとしたような目を一瞬した。しかしそれでも彼女はさっさと顔色を繕うと、降谷の腕を掴んで「いきましょっか!」と笑うのだった。
美樹は降谷にぺったりくっついては、あーだこーだとつまらない雑談で会話を繋いだ。降谷もそれに当たり障りない言葉で返し、あたかも会話を楽しんでいるような笑顔を向け続けた。
人の多い大通りから一本、二本と裏道に入り、そこから路地裏と言っても語弊のないような場所まで来ると、美樹は少しばかりきょろきょろと周りを見渡しながら、細い道を進んだ。
「んーっと、ネコの置物が左にきたら……三本目の道」
独り言をつぶやきながら記憶をたどりつつ、危なっかしく道を進む。降谷はそれに黙って続いた。
「えっと次はたしか……! やった! ビンゴ!」
きゃっと飛び跳ねて、美樹は細道を右手に走って行ってしまう。降谷はその落ち着きのなさに呆れつつも、細道を右手に曲がった。
かすかに、珈琲の香りが鼻腔をくすぐった。豆を煎った、香ばしやかな香り。数十歩先で、美樹が振り返って手を振る。
「こっちですよー!」
その向こうには、“OPEN”の真鍮製プレートが煌めいていた。
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tunatoromeji(プロフ) - 作者さんの紡ぐ言葉がとても好きです、だから他の作品も好きでした!この作品は本屋さんの雰囲気とかマスターとかチェスとさ私の好きな要素満載なので更新を楽しみに待ってます!応援してます!! (2017年12月27日 14時) (レス) id: 21a405ecbb (このIDを非表示/違反報告)
くうらぎ(プロフ) - 確かに降谷さんって結婚したくないとか思ってそうなタイプですよね。妹さんがどんな人なのか気になります。今後の展開が待ち遠しいです。 (2017年6月1日 14時) (レス) id: 3cf57895d6 (このIDを非表示/違反報告)
あんこ - 降谷はこんな人じゃないしー (2017年5月31日 23時) (レス) id: b2dbe2074b (このIDを非表示/違反報告)
りん - このあとどうなるか知りたい続きが楽しみにしてます頑張ってください (2017年5月31日 22時) (レス) id: aa9084d7b6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年5月31日 18時