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降谷は一冊の本を手にとった。一階のカウンターまで降りて行き、老人に声をかけた。
「おや、安室さん」
「こんばんは。これ、いいですか」
「あぁ構いませんよ。ご友人の方はいいのですか」
安室は適当な笑顔で頭を掻いてみせる。
「随分熱中してるようなので、僕は
「お伝えしましょう」
安室は礼を言ってカウンターを離れた。昼はカフェ、夜はバーに身を変えるドアに向かおうと細道に足を踏み入れた時、後ろから声がかかった。穏やかな、老人の声だった。
「安室さん」
穏やかなのに、無視できない、重みのある声に安室は思わず振り返る。安室と老人の距離でなら、聞こえなかったふりもできた。回りは本棚で囲まれているというのだから、何とでも言えたし、不自然でも無かったはずなのに。
老人はコーヒーカップ片手に、揺り椅子の上で微笑んでいた。目は、静かに安室の目を捉える。そこに笑みは無かった。この目を安室は、否、降谷は知っていた。
過去に、今の降谷零をつくりあげるきっかけとなった男の目に、よく似ていた。
「ビショップは、大丈夫でしょうか」
安室はその言葉の真意がわからなかった。
「どういうことでしょう」
降谷の声は一本の矢の如く、解き放たれ、本の森を縫い、老人に届いた。
老人は表情を変えぬまま、目を伏せる。
「取られませんか。あなたが黒であれば、白に。あなたが白であれば、黒に」
「どういう」
「あなたのご友人は、あなたとは違う色をしていますね」
老人が振り仰いだ先には、いくつもの空中廊下が交差している。その先には、廊下の隙間から覗く天井があった。ネオンの光と、それに混じった淡い月光は、カウンターの回りを取り囲んでいる。それに照らされたちいさなほこりは、万華鏡のように輝いていた。老人はその輝く膜の奥で、静かに揺り椅子に揺られている。
「取られませんか。それとも、犠牲にしますか」
老人の目が、安室の碧眼に重なる。すでに回りは白く濁り始めた、歴史の綴りを見てきたそれが、安室を貫く。安室は、その場に縛り付けられたように動けなかった。動かなかった。
老人は、揺り椅子がゆっくりと止まるのを待ち、その揺れを愛おしむように肘置きを撫でてから、静かに立ち上がった。
老人は思っていた以上に背丈があった。座っていると小柄にみえた。
皺の刻まれた彫刻のような手には、一通の手紙が握られていた。
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tunatoromeji(プロフ) - 作者さんの紡ぐ言葉がとても好きです、だから他の作品も好きでした!この作品は本屋さんの雰囲気とかマスターとかチェスとさ私の好きな要素満載なので更新を楽しみに待ってます!応援してます!! (2017年12月27日 14時) (レス) id: 21a405ecbb (このIDを非表示/違反報告)
くうらぎ(プロフ) - 確かに降谷さんって結婚したくないとか思ってそうなタイプですよね。妹さんがどんな人なのか気になります。今後の展開が待ち遠しいです。 (2017年6月1日 14時) (レス) id: 3cf57895d6 (このIDを非表示/違反報告)
あんこ - 降谷はこんな人じゃないしー (2017年5月31日 23時) (レス) id: b2dbe2074b (このIDを非表示/違反報告)
りん - このあとどうなるか知りたい続きが楽しみにしてます頑張ってください (2017年5月31日 22時) (レス) id: aa9084d7b6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年5月31日 18時