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組織が壊滅し、数ヶ月が経った、とある冬。11月とあと少しで別れを告げ、12月を呼び込む冷たい風に、クリスマスと年末の浮き足立つ雰囲気が薄やかに混じり始めた頃。
「降谷君」
上司……いや、上層部の初老男性に呼び止められたのは、どこからか入る冷気と暖房が対立する警察庁の廊下だった。
「山川警視監」
「この前の“あれ”、見てくれたかね」
「拝見しました」
山川は出っ張った腹の下でぎりぎり上質なスラックスを留めておいているブランド物のベルトを手で押し上げ、嬉しそうに笑った。
「君もそろそろ身を固めたほうがいいんじゃないか」
「いえ、わたしにはまだ」
「その言葉は随分前から聞いているぞ。真剣に考えたことはないのか」
後ろに付いていた部下に適当な手振りで少し抜けると伝えた山川は、降谷に「この後時間はあるかい」と、談話室に続く廊下に足を進めながら尋ねた。降谷はそれに笑顔で「構いません」と応え、男の後に続いた。降谷にこの時点で拒否権はない。
男が廊下を歩くと、人が二手に分かれる。降谷は山川の一歩後ろを歩いていたが、歩き心地は良くなかった。視線が興味と小さじ一杯の憎しみを帯びているのだ。
談話室のドアを降谷は先回りして開けると、山川は腹を揺すって礼を言うと、暖房の効いた部屋の中心にあるソファにどっしりと腰掛けた。君も座ってくれ、と対面したソファを促され、降谷も腰を下ろす。
「一服いいかね」
「どうぞ」
「君は吸わないんだったね」
「はい」
「いいことだ。だが、煙のようになっては、いかんぞ」
「肝に銘じておきます」
「はは、冗談だ。君はどちらかというと、陽炎のほうが似合う」
火をつけた煙草の煙を肺に溜め込み、男はふ、と吐くと、灰皿を手前に呼び寄せた。その左手には銀色のリングがはめられている。
「単刀直入に言うが、見合いをしないか」
降谷はその顔にくっつけた笑顔の奥で、舌打ちをした。この狸、諦めるつもりは無いらしい。
過去に二、三度ほど見合い写真をもらった。それも上層部の一部と、上司。降谷の手元には多くの見合い写真が舞い降りてきたのだが、職業柄、結婚などしたくはなかった。
別に女が嫌いなわけでもない。だが、別段結婚というものに興味も関心もなく、彼の中ではどちらかというと、「面倒」なことに分類されていた。
そんな面倒なことを、なぜ今しなければならないのか。大切な人など、つくったところで足でまといにしかならないだろうに。
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tunatoromeji(プロフ) - 作者さんの紡ぐ言葉がとても好きです、だから他の作品も好きでした!この作品は本屋さんの雰囲気とかマスターとかチェスとさ私の好きな要素満載なので更新を楽しみに待ってます!応援してます!! (2017年12月27日 14時) (レス) id: 21a405ecbb (このIDを非表示/違反報告)
くうらぎ(プロフ) - 確かに降谷さんって結婚したくないとか思ってそうなタイプですよね。妹さんがどんな人なのか気になります。今後の展開が待ち遠しいです。 (2017年6月1日 14時) (レス) id: 3cf57895d6 (このIDを非表示/違反報告)
あんこ - 降谷はこんな人じゃないしー (2017年5月31日 23時) (レス) id: b2dbe2074b (このIDを非表示/違反報告)
りん - このあとどうなるか知りたい続きが楽しみにしてます頑張ってください (2017年5月31日 22時) (レス) id: aa9084d7b6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年5月31日 18時