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「お嬢さん。…お嬢さん。」
呼びかけると、慣れない呼び方だったのか、初めは自分であると気がつかなかったらしいが、二度呼べば気づいたらしい。
驚いたように勢いよく振り返った。
「そろそろ陽が落ちる。女一人では危ない、早く帰られよ。」
初めて真正面から素顔を見た。
大人びて見えていた横顔は、思ったよりも少し若そうだ。
だが彼女の瞳に年相応の輝きはなく、伏し目がちに、困ったように笑った。
「まだ、帰りたくないんです。」
「…若い女がそんなことを言うものではない。俺が暴漢だったらどうする。」
「貴方が暴漢ならとっくに襲われていますよ。」
俺のことを信じ切った顔をした女に、何も言えなくなった。
「それに、__いえ、なんでもありません。それより、人と話したいんです。私の話し相手になってくれませんか。」
言いかけてやめたようだった。
切に願うように言葉を紡ぐものだから、断れない。
不安そうな彼女を放っておくことなどできるはずもない。
…いや、本当は俺が彼女に興味があったのだ。
「…わかった。だがもう遅い、明日にしよう。明日、昼過ぎにまたここに来る。」
「本当ですか!ありがとうございます。___約束ですよ?」
「ああ、約束だ。」
彼女は俺の言葉で安心したような顔をした。
なんとなく、ようやく彼女から伸びる影が濃くなったような気がした。
「また明日。」
「はい、また。」
地にしっかりと両足を踏み込み、彼女は帰路についた。
陽の落ちたばかりの空を見上げ、家までとは言わずとも、近くまで送るべきだっただろうかと思う。
だが旦那殿に誤解されてはいけないと思い直し、俺も帰路についた。
明日、どんな話をしようか。
心躍らせている自分に苦笑した。
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作者名:たいる | 作成日時:2022年1月25日 15時