雨と願い ページ30
藤子は躊躇いながらそっと手を差し出し、きゅうと杏寿郎の手を握った。
陶器の様な肌は桃色に染まり、その瞳が俯けば長い睫毛が姿を現す。
「貴方様は前世と変わらぬ快活で寛容な心を持った方で、私はまた惚れてしまったのです。
それゆえこのような縁談を父に願い申し上げました。
杏寿郎様、優しい嘘などいりません。私に縁談の答えをお聞かせ下さいませ」
頭を上げて藤子は杏寿郎は見つめる。先程の乙女の顔と異なった、切実で真剣な顔つきである。
芯の通った、強い心持ちの女性。姿も中身も美しい。他の男なら1つ返事で承諾するだろう。
しかし、しかし杏寿郎はそういう訳には行かなかったのである。
鈴の着いた簪を揺らして、傘を手に振り向く女。杏寿郎の姿を認めるといつも嬉しそうに、安心したように笑うA。
杏寿郎はぐ、と奥歯を噛み締めた。なんて罪な男だ、煉獄杏寿郎。お前は生まれ変わっても藤子を傷つけるつもりか。
「藤子さん」
そっとたおやかな手に手を添えて、彼女の方へ戻した。
「申し訳ございません──────愛する女性がいるのです」
そう答えると藤子は目を丸くしてから諦めたようにふ、と小さく微笑んだ。
「…そう、仰るのは分かっていました。貴方様の表情が前世の杏寿郎様と同じだったからです」
「…言葉もない。私は2度も貴女を傷つけてしまった」
深々と頭を下げると「顔を上げてください」と藤子は声をかけた。その言葉に顔を上げると、藤子はそっと杏寿郎の頬に手を伸ばした。人撫でして「貴方様は温かいですね」と眩しそうに目を細める。
杏寿郎はなんと言って良いかわからなかった。動くことも出来なかった。情けない自分に憤りを感じた。
「私からのお願いです。どうかそのお方と結ばれてくださいませ」
するり、白い手が頬からゆっくりと伝った。そうして風のように離れていき、藤子はその手をもう片方の手で握ると、深くお辞儀をした。
藤子は何も言わずにその場を去っていった。杏寿郎は堪らなくなって1歩踏み出した。ぐ、と地面を踏みしめてその背中に叫ぶ。
「すまない!本当にすまない!なんと詫びればいいかわからない!
でもその願いは必ず果たそう!必ず!必ず結ばれてみせる!」
腹の底から声を出して木の上の小鳥が飛んで行った。藤子は振り向いてきょとんとしてからクスリと笑った。そうして、また歩き出してもう振り返らなかった。
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あろま(プロフ) - ネコ2世さん» コメントありがとうございます!コメント遅くなってすみませんでした…!今までで1番と言って頂けて嬉しいです!こちらこそ読んで下さり本当にありがとうございました! (2019年11月15日 18時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
ネコ2世 - 完結おめでとうございます!最後、主人公と煉獄さんで現世で再会出来て本当に良かったです!今まで様々な夢小説を読んできましたが、一番好きな作品です!書いてくださりありがとうございます! (2019年11月2日 20時) (レス) id: 6d89e33ad2 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - ukiさん» コメントありがとうございます…!丁寧で素敵なお褒めの言葉光栄です…!そう言って頂けて本当に嬉しいです!これからもよりよい作品が作れるように尽力していきます! (2019年10月25日 19時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
uki(プロフ) - 完結おめでとうございます。ただただ、最高の一言につきます。他作品も読ませて頂いておりますが、あろま様の文面が繊細で自然と涙が溢れておりました。自分自身が清くなれた気がします。これからも応援させて頂きます。ありがとうございました。 (2019年10月25日 1時) (レス) id: b46c65ea42 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 仍さん» コメントありがとうございます!読んで頂いた上に素敵なコメント嬉しいです…!私もこのコメントに幸せな気持ちになってます…!これからも頑張ります! (2019年10月20日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:あろま | 作成日時:2019年9月3日 16時