雨と熱い炎 ページ19
いつもは話したいことが山ほどあるため、次から次へと話題が出るのだが、今日は二人とも静かだった。
特に杏寿郎はずっとAの一途さ、そして報われないことを思って息をするのも重たいくらいである。
そのまま沈黙の時間が過ぎていくかと思われたが、Aが「あっ」と声を上げた。
杏寿郎が目を向ければ、右の道、霧の中から人影が浮かび上がる。
「あの人かしら…、あの人が帰ってきたのかしら…！」
涙を浮かべて声を震わせるAに、杏寿郎は胸が痛んだ。すっかり自分の事を忘れてしまったかのように人影に釘付けになるAに思わず手を伸ばしたが、触れる勇気が出ずに手を引っ込めた。
「あ…」
霧の中から現れたのは今どきの洋服を着た男女であった。
幸せそうに腕を組みながら歩いているが、女の方は腹が不自然に膨らんでいる──────どうやら妊婦のようだ。
目の前を過ぎていく夫婦は杏寿郎の事は一瞥したが、俯くAには目もくれなかった。なにせ、見えないのであるから。
杏寿郎は掛ける言葉が見つからなかった。否、どんな慰めの言葉を掛けても意味が無いことは分かっていたからである。
「あの人じゃなかった…」
弱く、寂しく降る雨に掻き消されそうな、掠れた声。
傘を、顔を上げ、Aは桜色の双眸から涙を溢れさせながら悲しげに微笑んだ。
「あの人…いつ来るのかな…」
はらはらと桜の花弁のように散っていく涙を見て、杏寿郎はいても立っても居られなかった。
「あの人は、あの人は来ません」
Aの冷たい肩を掴んで、杏寿郎は強く言い放った。
その途端、Aは目を丸くした。一瞬呼吸も止めためたようだった。表情が消えた。
「あの人は、もう貴女の元にはいらっしゃいません」
杏寿郎は泣きたくて仕方がなかった。自分がAを傷つけているのは百も承知であった。
傷つけてでも、貴女を助けたいと思ってしまった。
──────それほどまでに、一人の男として愛してしまった。
報われない恋であることは分かっている。それでも、そんな事実では曲げられない、止められない熱い炎であった。
「そんな事ない…あの人は…」
「ならばなぜ貴女をこんなに待たせているのですか。何故こんなにも一途な貴女のことを」
「それは…」
「あの人は…いらっしゃりたくても、もう…」
"亡くなっているのです"
そう告げた途端、雨がザアザアと降り始めた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 236人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あろま(プロフ) - ネコ２世さん» コメントありがとうございます！コメント遅くなってすみませんでした…！今までで1番と言って頂けて嬉しいです！こちらこそ読んで下さり本当にありがとうございました！ (2019年11月15日 18時) (
レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
ネコ２世 - 完結おめでとうございます！最後、主人公と煉獄さんで現世で再会出来て本当に良かったです！今まで様々な夢小説を読んできましたが、一番好きな作品です！書いてくださりありがとうございます！ (2019年11月2日 20時) (レス) id: 6d89e33ad2 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - ukiさん» コメントありがとうございます…！丁寧で素敵なお褒めの言葉光栄です…！そう言って頂けて本当に嬉しいです！これからもよりよい作品が作れるように尽力していきます！ (2019年10月25日 19時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
uki(プロフ) - 完結おめでとうございます。ただただ、最高の一言につきます。他作品も読ませて頂いておりますが、あろま様の文面が繊細で自然と涙が溢れておりました。自分自身が清くなれた気がします。これからも応援させて頂きます。ありがとうございました。 (2019年10月25日 1時) (レス) id: b46c65ea42 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 仍さん» コメントありがとうございます！読んで頂いた上に素敵なコメント嬉しいです…！私もこのコメントに幸せな気持ちになってます…！これからも頑張ります！ (2019年10月20日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：あろま
| 作成日時：2019年9月3日 16時
