さようなら、愛しい月の人 ページ3
「私は、とある事情により継国を捨てなければならない。もう戻ることは無いだろう」
彼、継国巌勝は静かにそう告げた。普段から冗談を言う人柄ではないので、おそらく本気で継国を捨てるつもりなのだろう。
「そうですか」
「驚きはしないのか」
「そうですね」
「止めようとも思わないのか」
「思いませんね」
もとは継国に人質として捕らえられていたのだが、生家が継国の配下に入ってからは、継国の次期当主、継国巌勝の本妻として家に転がりこむ形となったが、これは決して恋愛があった婚約ではない。
責任感の強い彼のことだ、継国が滅んでも後の生活は保証してくれるだろう。
彼がなにをしようとどうでも良い。家を捨てようが驚きはしないし、止めようとも思いはしない。結局のところ己が一番可愛いのである。
「今後は、時透と名乗るが良い」
「わかりました」
「……迷惑をかけてすまない」
律儀な男だ。
「謝らないでください。私が……いえ、なんでもありません。家臣の方々にはどうお伝えなさるおつもりか」
「……まだ、なにも決めていない」
「そうですか」
数ヶ月前、巌勝は重傷を負ってこの屋敷に帰ってきた。彼を運んだのは、彼と瓜二つの顔を持つ男。男は巌勝を「兄上」と呼び、治療を頼んできた。
忌まわしい存在とされる双子。女中の一人がそう噂していた気がするが、彼がその双子なのかはわからなかった。
「三ヶ月後には、継国を完全に消滅させる。西の麻倉の屋敷に世話になると良い。すまないが私は行くところがあるゆえこれにて失礼させてもらう」
「……玄関先まで、お送りさせてください」
「……ああ、そうだな。すまない」
腹に子がいる。彼にそれを伝える気はない。なぜなら彼は死にに行くからだ。継国家現当主継国巌勝は死ぬ。そして、何者かになる。彼はもう父親ではなくなる。
ああ、でも少しだけ、彼には負い目を感じている。責任感の強い彼だから、きっと伝えれば私を連れていってくれるのだろう。
「……巌勝様、」
「?」
「夜には鬼が出ますから、あまり出歩かないようにしてください」
「なぜ……ああ、そうか。そうだな」
もしもまた会えたなら、いつかまた会えたなら、そのときは、
「逃がしませんよ、巌勝様」
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作者名:クレイジーnight | 作成日時:2020年4月18日 2時