6 ページ7
「おはようさん」
「……はぁよ」
「はよ起きんとおでこにチューすんぞ」
「ねむ、い」
「おーい、ともひろさん？」
「……はぁい」
「寝かけてる、寝かけてますよ。……ほんまにチューするで？」
「……ぐぅ」
抱き枕を抱えたまま再び動かなくなってしまった神山に、重岡は小さく息を吐くと、顔を神山に近付けた。白い肌に影が重なる。重岡が唇を寄せたのは、神山のおでこではなく、桜色に色づいた唇。
喉が鳴った。
躇いの後、静かに重ねると、その柔らかさを愉しむように、一度離してはもう一度重ねる。少しだけ開いた唇が誘っているかのようで、生唾を飲み込むが、理性がそれを引き留めた。
少しでも気が緩んでいたら神山の意思など関係なく、本能の赴くままに神山を襲っていたことだろう。
こんなにも見境なかったか、と余裕のない自身に呆れる。だが、もう我慢も限界なのだ。
脳裏を過るのは神山と初めて会ったのは、保育園の入園式でのこと。母に手を引かれ保育園に足を踏み入れると、強い春風は吹いたのだ。桜の花びらがヒラヒラと舞い降り、景色が桃色に染まった時、その桃色の景色の中から帽子が飛んできたのだ。
足元に落ちた帽子を拾い、辺りを見回す。誰のだろう、そう問いかけようと口を開いた時だった。
「ぼくの、です」
甲高い声を辿り顔を上げる。
淡い桃色の花びらと同じくらい頬をピンク色に染めたその子が、ありがとうと言いながら笑ったのだ。
可憐な花の蕾が綻んだような笑みというのだろうか。
重岡はその一瞬で恋に落ちた。
相手は後の同居人となる神山で、重岡はかれこれ二重数年の片想いをしている。
本来の目的を思い出すと、わざとらしい咳払いとともに、先ほどよりも少し荒っぽく起こしにかかった。
布団の山に手をかけて、剥ぎ取る。高校生が母親にされたくないトップスリーに入るであろう所作に、神山が何事かと飛び起きた。
驚き方が猫そのものではあるが、重岡はこの時も口には出さなかった。
「とも、今三時十分やで」
大丈夫か、とは言わない。時間を示せば神山とてどれだけ時間をロスしているのかは計算できる。
神山はあからさまに血相をかえると、足を縺れさせながら洗面台へと向かう。仏間を出て右の突き当りである。急ぎつつもドタバタと音を立てないところは、ご近所さんへの神山なりの気遣いなのだろう。それならばさっさと諦めて爆音目覚ましを撤廃すればいいのに、とは重岡の思いである。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 406人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
せろ(プロフ) - ミウさん» お初目にかかります、せろです。この度はご感想、ありがとうございました。何度も読み返して頂いているとのこと。本当に感謝しかありません。きっと近日中には続編が上がるはず。気長にお待ちいただけると幸いです。寒い日が続いています。体調にはお気をつけ下さい。 (2020年11月2日 20時) (
レス) id: c4282b60a2 (このIDを非表示/違反報告)
せろ(プロフ) - 憂さん» お初目にかかります、せろです。この度はご感想いただき、ありがとうございました。本当に感想をいただけることが励みになっております。微力ながら憂さんの活力になれていると嬉しいです。少しずつ今書いています。温かいお言葉痛み入ります。憂さんもご自愛ください。 (2020年11月2日 20時) (レス) id: c4282b60a2 (このIDを非表示/違反報告)
せろ(プロフ) - ま。さん» お初目にかかります、せろです。ご感想、ありがとうございました。今回の更新は私もきゅんきゅんしてました。正門君に…っは！Jr.の子達も出して大所帯となってきました。きっと今後はしげちゃんがきゅんきゅんさせてくれるはず…。今後もお楽しみ下さると幸いです。 (2020年11月2日 20時) (レス) id: c4282b60a2 (このIDを非表示/違反報告)
ミウ(プロフ) - はじめまして。何回も読み返したくなるくらい面白くて好きです！これからも無理なさらない程度に頑張ってください。更新楽しみにしています(*´`) (2020年11月2日 11時) (レス) id: 118c412c42 (このIDを非表示/違反報告)
憂(プロフ) - はじめまして。とっても楽しく拝見させていただきました！これからも更新楽しみにしています！無理なさらずにがんばってください(^^) (2020年10月30日 3時) (レス) id: 1b0f5e1577 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：せろ | 作成日時：2020年10月17日 2時
