8 ページ32
朝食も終盤。全員が食べ終わり、緑茶を飲んでいると、家の電話が鳴った。コール音が二回、三回と続く。はいはい、と返事をしながら神山が受話器を取ると、「神山ですが」と応えた。でもすぐ後に、声色が幾分か低くなる。
「なんや、大毅か」
神山の言葉に固まるのは大橋と正門である。
先ほどまで和やかに話していた二人が途端に口をつぐんで息をひそめる。
大橋に至っては、両手で口元を抑えていた。
「はぁ？ 忘れたんはそっちやん。俺は行かへんからな。それにお弁当はもう俺の手元にはないで届けることすら出来んし」
内容からしてお弁当のことだというのはわかった。時刻は間もなく十時といったところ。なないろやの再開は十一時からだ。それに大橋と正門はこれから大学のため、神山一人で切り盛りすることとなる。
「これさ、重岡さんの分が悪すぎるよな。それに要求していることも無理過ぎるし」
大橋が耐え切れないとばかりに声を潜めて正門に言う。正門は、未だ言い合っている神山の背中にちらりと視線を投げると、一つ頷いた。
「大毅、何言ってんのかわかってんの？ 仕事一旦中断してこっちに来るって？ もうどっかで買ったらええやん！」
ごもっともだ、と思う反面、何を聞かされているのだと思い始める。
「お弁当の行方？ そんなん大毅に言ったところでどうするんよ。はよ、仕事に戻れ。後ろから女の子の声聞こえてんで。ほら、呼ばれとるんやからそろそろ切るよ。……もううっさい、ほな」
ガチャン、と置かれた受話器が強制終了させる。
正門は、夫婦喧嘩を聞いているみたいだ、と強ち間違いではない感想を抱くとともに、この場に拓也が居なくてよかった、と絶賛授業中だろう拓也を思った。つくづく優しい心の持ち主である。
「二人ともごめんなぁ。変な空気にしてしまって……」
「大丈夫っすよ！ 智洋くんのせいじゃないっすから」
「もうホンマ、堪忍なぁ。あ、そろそろ二人とも大学の時間ちゃう？」
時計を見た神山が正門には布巾を、大橋にはお盆を渡す。さっさと片付けると、三人は一階に降りた。神山が緑のビニール袋に入れたお弁当を渡す。
「勉強頑張ってきや！ 気を付けて行くんやで、行ってらっしゃい！」
エプロンのポケットに左手を入れて、右手をぶんぶんと大きく振る神山に、大橋が負けじと手を振る。正門は軽く会釈をすると、照れくさそうに小さく手を振った。
「「いってきます！」」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 406人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
せろ(プロフ) - ミウさん» お初目にかかります、せろです。この度はご感想、ありがとうございました。何度も読み返して頂いているとのこと。本当に感謝しかありません。きっと近日中には続編が上がるはず。気長にお待ちいただけると幸いです。寒い日が続いています。体調にはお気をつけ下さい。 (2020年11月2日 20時) (
レス) id: c4282b60a2 (このIDを非表示/違反報告)
せろ(プロフ) - 憂さん» お初目にかかります、せろです。この度はご感想いただき、ありがとうございました。本当に感想をいただけることが励みになっております。微力ながら憂さんの活力になれていると嬉しいです。少しずつ今書いています。温かいお言葉痛み入ります。憂さんもご自愛ください。 (2020年11月2日 20時) (レス) id: c4282b60a2 (このIDを非表示/違反報告)
せろ(プロフ) - ま。さん» お初目にかかります、せろです。ご感想、ありがとうございました。今回の更新は私もきゅんきゅんしてました。正門君に…っは！Jr.の子達も出して大所帯となってきました。きっと今後はしげちゃんがきゅんきゅんさせてくれるはず…。今後もお楽しみ下さると幸いです。 (2020年11月2日 20時) (レス) id: c4282b60a2 (このIDを非表示/違反報告)
ミウ(プロフ) - はじめまして。何回も読み返したくなるくらい面白くて好きです！これからも無理なさらない程度に頑張ってください。更新楽しみにしています(*´`) (2020年11月2日 11時) (レス) id: 118c412c42 (このIDを非表示/違反報告)
憂(プロフ) - はじめまして。とっても楽しく拝見させていただきました！これからも更新楽しみにしています！無理なさらずにがんばってください(^^) (2020年10月30日 3時) (レス) id: 1b0f5e1577 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：せろ | 作成日時：2020年10月17日 2時
