[rain] ページ4
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たった一度、肌を重ねた彼のことをどれだけ知っているといえるだろう。わずか半年ほど同じアルバイトをし、気まぐれに抱き合った彼のことを。
それまでの私はモノクロな文字の世界に潜るように生き、それだけで十分だとそう信じていた。
彼の滑らかな肌の感触も、熱い舌の温度も、あの夜私の感覚を奪ったどれもが文字では知ることの出来なかった現実で、彼を出会い過ごす時間の中で私の世界には色が生まれ見える景色がカラフルなものへと変化していったように思う。彼が見せてくれた世界に感謝もしたけれど、それと同時に彼と同じ時間を過ごすことが出来ない私は、彼を見付けたりしなければ良かったとチクリと胸を痛ませた。
二年次の春から一年間にわたり留学するという事は大学へ入学した時から決まっていた。
そもそも大学へ入学をしたのだって文字の世界を深く知りたいという欲求の為であったし、その中でも取り分け好きなマザーグースをその背景や空気感から知る為に、英国への留学を自ら希望して実現できる大学を決めたのだから。その留学中の諸費を作るためのアルバイトで出会った彼の為に諦められるほど、私の夢は些細ではなかったし協力してくれている両親たちを裏切るわけにもいかなかった。
彼のことを、それほど多く知っていたわけではない。
偶然私と同じ年齢なこと、友人たちと動画を配信しているらしいこと、それから―――私が面白いといった本を律義に購入し読んでみては感想を伝えてくれる真面目な男だということ。
言ってくれれば貸すと伝えても、自分で購入するからちゃんと読むのだという彼が時に目を輝かせたり、時に渋い顔をしたり、既に伝えてある私の評価など気にもせず自分の感性で感想を伝える姿に惹かれるのは、当たり前だったように思う。
あの夜、私を抱く彼の瞳や息遣い一つに不誠実さのかけらでも見付ける事が出来たのならば、まだ楽だったのかもしれない。そんな私の思いとは裏腹に愛しげに、大切そうに肌を重ねる貴方の姿に
―――これ以上深入りしたくない
そう、思ってしまったんだ。
あのまま恋人になったところで一年も離れるなんて私には出来なかったし、さりげなく避けたまま自分勝手に彼の前から去っていくほうがずっと簡単だと、子供だった私はそう思ったの。
それが彼を傷付けるだとか、いかに不誠実だとか、そんな風に思いやることが出来たのなら、彼の面影を感じる男と愛もないまま付き合ったりしなかったかもしれない。
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月雲(プロフ) - coyumaさん» coyumaさん、読んでくださってありがとうございます。柔軟な包容力で愛してくれそう、と書いたのでそれが伝わって嬉しいです。また来年もお付き合いくださいね。 (2019年12月31日 0時) (
レス) id: 27315dcb3c (このIDを非表示/違反報告)
coyuma(プロフ) - モトキくんの柔らかな包容力を堪能できました！ほろりと幸せな気持ちになれました。 (2019年12月30日 16時) (レス) id: 96592c7e36 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：月雲 | 作成日時：2019年6月19日 23時
