[rain] ページ5
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傘の表面を跳ねる雨音に、乾いた音が混じり込んだのは時計の両針が黝色の空を指す間際。それは編集合間に気分転換がてらコンビニへと足を運んだ帰りのことだった。
「二度とあんたの顔なんか見たくない。消えて」
音が聞こえたバス停の屋根の下、そんなキツい台詞を告げている若い女性の目の前にいる男が頬を押さえていることから、彼女が男の頬を張ったのは容易に想像できて思わず自分まで頬を押さえ「うわ、キョーレツ…」を顔を顰めると、独り言ちたはずが当の本人達まで声は届いていたらしく彼女がこちらを勢いよく振り向いた。
「…!」
シルクの顔を見るなり息を飲んで弾けるように踵を返し、ヒールの音を鳴らしながら駆け出した女性に面食らいつつも思わず後を追ったのは、五年以上も前に逃げるように消えていったあの娘の面影がその瞳に見えたから。思いも掛けない突然の再会を喜ぶも悲しむもなく徐に逃げだされた理由を知りたいと、その時は単純にそう思ったのかもしれない。
シ「おい、っちょ、待てって!」
頬を押さえたまま呆然とする男を尻目に彼女を追い掛けるスニーカーは水溜りを避けることも忘れて、じわじわと雨を含んでは重く足元を沈ませる。傘が塞ぐ視界が煩わしく乱暴に閉じて息を弾ませつつ地面を蹴れば漸くに彼女へと追い付きその腕を引き留めた。
シ「おま、本、ばっか読んでるくせに、なんでそんな、足速ぇんだよ」
逃がさぬよう、Aの手首をしっかりと掴みながらぜぃぜぃと息を切らせば、彼女も肩を大きく上下させながら「高校、私、陸上部」と荒い呼吸の中で呟き「あぁ、疲れた!」とその場にしゃがみ込んで首を垂れた。よく見ればバス停から飛び出した彼女は傘を開くこともせず逃げ回っていたせいでスーツも鞄もじっとりと濡れていたが、俯いた顎先からはぽたりぽたりと落ちるのは雨雫だけではなくて。
シ「…なに、そんなに好きだったの?」
「…誰のことを?」
整いだした呼吸の中で見て見ぬ振りでもすればいいものを茶化すように触れてしまい、自分の莫迦さ加減に呆れて言葉を喉に詰まらせる。しゃがみ込んだまま組んだ腕の中に顔伏せた彼女が「雨の中で朽ちることが出来たのなら、幸せなのに」と小さく呟くのを苦く聞きながら、あの頃「好きだ」と伝えることが出来ていたらとこの背中を抱きしめられたかもしれないのにと胸中に沸く思いに前髪を絞るように握り込んだ。
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月雲(プロフ) - coyumaさん» coyumaさん、読んでくださってありがとうございます。柔軟な包容力で愛してくれそう、と書いたのでそれが伝わって嬉しいです。また来年もお付き合いくださいね。 (2019年12月31日 0時) (レス) id: 27315dcb3c (このIDを非表示/違反報告)
coyuma(プロフ) - モトキくんの柔らかな包容力を堪能できました!ほろりと幸せな気持ちになれました。 (2019年12月30日 16時) (レス) id: 96592c7e36 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:月雲 | 作成日時:2019年6月19日 23時