三十一話 ページ31
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「…ここだ」
見上げたマンションは、俺達が住んでいるマンションよりは小さいが、急遽借りた家にしてはいい所だろう。
元々借りていた家…なのかもしれない。
「じゃあ行くか」
「あ、そらるさん、これも被って下さい」
そう言って渡されたのは、配達員がよく被っている帽子。
俺達が普通の格好で会いに行っても開けてくれないだろうと思い、近くの公園で天月が用意してくれた配達員の格好に着替えてから来た。
…どこで買ったんだろう、これ。
「…よし、行くぞ」
震える手でインターホンを押す。
…ここでバレて拒絶されてしまったら、俺達にはもう、何も出来ない。
《はーい?》
女の人の声…!?
言い淀んだら怪しまれると思い、とにかく返事をする。
「…た、宅急便です」
《ちょっと待っていて下さい…》
プツ、と音が切れる。
天月と顔を見合わせた。
まふまふは、女の人と住んでいるのか?
でも、恋人はいないって言っていたし…
ろくに回らない頭で考えていると、ドアが開いた。
『あ、ご苦労様です。
あれ、宅配物は…?』
「…まふまふは、どこですか?」
『え?まふまふ…って、何ですか?』
首を傾げている。
嘘臭くはない…と思う。
本当に知らないのだろうか?
天月が、服をくい、と引っ張った。
「…そらるさん。もしかして、部屋を間違えたんじゃ…」
『…そらるさん?』
不意に女の子が俺を、驚いたように見つめた。
…やっぱり、リスナーなのか?
だったら、まふまふを知らないなんて有り得ないはず…
『えっと、私そらるさんに会いたくて…お聞きしたいことがあるんですけど…』
まふまふのことを知らない、と嘘をついているくせに、俺に馴れ馴れしく話しかけてくる目の前の女の子に、無性にイライラした。
もしかして、彼女のせいでこの家に住む羽目になっているのかもしれない。
「…まふまふに、何をしたんだ」
『痛っ!』
「そらるさん!」
怒りに任せて、女の子の腕を力強く掴んだ。
涙目になっているのも、計算のように感じられる。
…まふまふが女の子を家に連れ込むなんて、有り得ない。
「…何かで脅したのか?誑かしたのか?それとも…」
『何を言って…っ』
「そらるさん!駄目ですって!!」
そう言って天月が俺の肩に手を置いた時、
「Aちゃん!大丈夫!?」
「…まふまふ?」
俺の呟いた声は、まふまふに届かなかった。
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作者名:鈴里風夢 | 作成日時:2019年2月2日 17時