スパイラル[前編]

27 K ページ27

タクシーの人に挨拶をし、
見上げると大きなマンション。さすが藤ヶ谷だと呆然と立ち尽くす。涙も止まっていて。
言われたように部屋番号のインターホンを押すと、解除されていくセキュリティ。
藤ヶ谷が操作してくれてるんだと分かり、そのまま進んでいく。


エレベーターを上がり、
藤ヶ谷の部屋番号の前まで来ると最後にインターホンを押すだけ。



しかし、そのインターホンを押そうとする指先は震えてしまっていた。
それは何故か、分かっていた。



このドアが開くと、何かが変わってしまう。戻れない、そんな気がするから。




躊躇っていると、
ガチャっとゆっくり開くドア。


そして、そこから出てくる優しい表情。
見た目髪は少し湿っていて、ワックスもつけていない風呂上がりのような感じで。…今日は暑いくらいなのに、ジャージの上には上着を着ていた。そんな藤ヶ谷を見てやっぱり涙が溢れてくる。




分かってしまう。
藤ヶ谷は俺が来なかったらきっと迎えに来てくれていたと。
探してくれていたと。



だから上着を着て待っててくれていたと。
迎えに行こうと思ってくれてたことが嬉しかった。




「藤ヶ谷…」
「おかえり、北山」




ああ…。
"いらっしゃい"じゃなく
おかえり。
その時の藤ヶ谷の本当に優しい表情を俺は一生忘れない。




「･･･藤ヶ谷ッ」



気づいたら想いが溢れ、
勢いよく藤ヶ谷に抱きついてしまっていた。
藤ヶ谷はそんな俺を優しく抱きしめて。




「おかえり」




この走り出した気持ちはもう止まらない。
もう止められない。
誰にも止められない。


＊＊＊



周りを見渡しながら部屋へと入って行く。
自分の部屋とも違う。たまの部屋とも違う。香りも雰囲気も。引越ししたての部屋は段ボールがまだ出ていて生活感がない。


一人暮らしにしては広くて大きなソファーとあげたギターがあった。




ギターちゃんと飾ってるよと笑いながら言う藤ヶ谷に弾いてよ、という。藤ヶ谷は頬を染め、今度な、っと俺の頭をポンとして大きなソファーに座る。
そして、ここっとソファーをポンポンと叩く藤ヶ谷の横に座った。



緊張からどうしていいか分からなくて
下唇を噛み締め、
隣にいる藤ヶ谷を見つめる。
藤ヶ谷もそんな視線に気付き、またふわっと笑った。



自惚れかもしれないけど、藤ヶ谷はもしかしたら自分のことを…と頭の中でぐるぐる回る。



泣きそうになってしまう。

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