第一章:四話【真鶸】 ページ6
宇宙を漂う要塞戦艦【春雨】が有しているそれらには、搭乗の隙が見受けられない。なにせ宇宙に漂流木が如く浮かんでいては気紛れで舵を執るような連中である。雪暗は幾らか頭を捻らせてから、現実味の帯びない要求に絶望を見ていた。
「雪暗さん」
風鈴と夏の香を仄かに匂わせる少年の声には愛着があった。それ故に、幾分か沈み込んだ気分も高揚の筋を辿っていた。
「やぁ、真鶸。いままで何処へ行っていたの?」
「ええと、虚様に勉強を見てもらっていたんです」
真鶸はその年柄に似合わない笑みを浮かべた。何処までも深いところを見ているような暗い瞳が、雪暗には魅力的に思えてならない。そこは確かに無垢な世界であるけれど、無垢故に被る不利益という排気ガスに覆われ、足枷を嵌められて不自由だけを得る。真鶸の世界を彩るものとは、偽りの暖色ではなく真実の暗褐色にこそあるのだということは、幾らか昔に気づいていた。
黙り込んでしまった雪暗を見て、真鶸は取り繕うように言葉を吐く。
「儒学や心理について初学でしたから、詳しいところをお聞きしようと思って」
「そうか。僕は確かに教養が無いからな、その分には力になってやれないけれど」
「……そんなことは。ところで、春雨に送り込まれるのだとか」
夜風が木枠の窓から入り込んで、採光用の障子が音を発てた。真鶸の茶髪が揺れ、傷を知らない肌は細やかで彼自身の繊細さを感じられる。虚に習ったという修学の書物が吹き飛ばぬように強く抱きしめ、世界の全てを知ろうと足掻くまだ若い瞳が幾らもふらつくことなく雪暗へと向けられていた。
「ぼくも、連れて行っていただけませんか」
雪暗がかつて見ていた瞳とは明らかに違う何かを思わせる。学問がここまで真鶸に救いを与えたのか。雪暗は虚に対して微かに苛立ちを覚えたが、顔には出さなかった。
「どうして?」
「世界を知りたいと願うことは、いけないことでしょうか」
「あまりお勧めはしない」
「どうして?」
返された言葉に、雪暗は直ぐ声を出せなかった。この話題には幾らもの疑問が生じる。しかし、自分にはそれらを解明させるだけの能力が明らかに欠落しているのだ。これでは謎ばかりしか残らない。
「世界は君が虚に習っているように綺麗なものじゃない」
「でも、どうしても見てみたいのです。ぼくは何も知らない。外側を見たことがなくて、ずっと守られてきた。だからこそ」
真鶸は今にも泣出さんばかりに声を荒げた。
その若武者の姿は、まるで。
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NIGちゃん(プロフ) - 続き please with me〜 (2018年3月18日 19時) (レス) id: 16ef5289db (このIDを非表示/違反報告)
夏拍子。 - 有難うございました! 文才は付けたいところですが、嬉しいです。 (2017年12月10日 12時) (レス) id: 787c153b6f (このIDを非表示/違反報告)
アユ - 素敵です!超文才ありますね!尊敬しますーっ! (2017年12月6日 22時) (レス) id: adf483369d (このIDを非表示/違反報告)
夏拍子。 - のむたす様、有難うございます。小説拝読させていただいております。 (2017年12月6日 20時) (レス) id: 787c153b6f (このIDを非表示/違反報告)
のむたす - 続きはよー (2017年12月5日 21時) (レス) id: 59b19365bc (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:11 | 作成日時:2017年12月4日 23時