＃203．SENA's Diary IV ページ32
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これはまるで僕たちも、もうすでに出来上がった一つの映像を画面を通じて見ているようだと思った。
見てはいけないものを見てしまっているような感覚に、皆が皆、瞬きをするのを忘れてしまいそうなほどの緊張感を抱く。
「どんどんアイドルになっていくお前が、何でファンからの嫌がらせ受けなあかんの」
『うん』
「んで何でお前はそれでもアイドルで居続けるん？」
『……』
「何が国民的アイドルやねん」
『うん』
「AはAやん」
『うん』
「でも、……それでも、……ぜんっぜん、お前はアイドルに向いてないけど、……掛け持ちも、向いてないけど」
『うん』
「一番、アイドルが似合ってんねん」
『っ、うん』
「でもそれを俺が認めてしまったら、お前はほんまにずっとアイドルで居続けなあかんようになってしまうみたいで嫌や」
さっきから、うんうん言うてへんで何か言えや。お前のドキュメンタリーやろ。と、少しの沈黙のあと続けてそう言った渋谷さんの言葉に、僕はやっと酸素が肺に入り切った。
唾を飲み込む音さえ出してはいけないような、そんな空気にまさかなるとは思わず、昨日に戻れるなら、覚悟しておけと自分自身に言い聞かせたいとまで思ってしまう。
『………すばるって、私のこと好きよね』
「やっと言葉発したかと思えばなんやねん」
『何も思わんって、めっちゃ思っとることあるやん』
あはははと声に出して笑う瀬那さんが、ぽろりと方言を使ったことに気づいた。そのとき、アイドルである彼女が今撮られていることさえ、忘れてしまうほどの空気感を醸し出した渋谷さんに言いたい。
貴方だけは、アイドル瀬那Aを否定し続けてほしいと。
これまで、瀬那さんのことが好きだからこそ、瀬那さんがアイドルでいることを嫌だと言った人は見たことがなかった。皆口を揃えて、瀬那さんは生粋のアイドルだと言うから。
『私を私として見てくれてありがと』
「おん」
『でも矛盾してるわ。渋谷さん』
「なんや、俺もようわからんようなったわ」
『でも言いたいことは伝わった』
「そんならええわ」
『うん』
そこに必要以上の言葉は要らない。そう言われているようで、スタッフとしては、ドキュメンタリーなのになぁとお二人にしてやられた感が否めなかったが、新しい収穫は多かった。
瀬那さんは公開後が怖いと言っていたけれど、僕はこのエピソードの公開を心待ちにしている。
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作者名：r | 作成日時：2024年2月3日 18時
