664話 ページ28
いつの間にか、シュラウド先輩がこちらに向かって手を伸ばしている。
呆然と息を呑んだ一瞬。
「スズキ!!」
バイパー先輩の悲鳴が木霊する。
重たい頭を必死に上げてスズキくんがいる方向へ視線を遣る。
先程の衝撃で『チャリオット』が傾き、スズキくんが手摺から手を放してしまう。
身体が空中へと投げ出され、ゆっくりと奈落へ落とされようとしていた。
バイパー先輩は必死に『チャリオット』を立て直そうとしている。
キングスカラー先輩も切羽詰まった顔で手摺にしがみついたままスズキくんを見た。
このままではスズキくんが……
絶望で目の前が真っ暗になりかけるが、瞬時に思考を切り替えた。
両足に力を込め、手摺を放すのと同時に足場を力強く蹴り出す。
両腕を伸ばすスズキくんに向かって一気に間合いを詰め、落下するよりも先に彼の右手を掴んだ。
そして視界に入った手摺を片手で掴むと、落下の勢いを殺さまいまま、体を捻ってスズキくんの体を思い切り投げ飛ばす。
「先輩！」
キングスカラー先輩の元へスズキくんが飛んでいく。
私の声に応答するかのように先輩はスズキくんの腕を摑むと、一気に自身の元へ引き寄せた。
よかった。
そう思ったのも束の間、
握っていた手摺がバキッ、と音を立て、体が瞬く間に傾く。
体重を預けていたこともあり、手摺を失った体は呆気なく宙へと投げ出された。
あ………
地面の感覚がなくなり、体が落下を始める。
「Aーっ!!!」
遠くからスズキくんの叫びを耳にする。
機体の破片に巻き込まれて、落ちていく。
見上げた先には3人を乗せた『チャリオット』が少しずつ遠退いていった。
無意識に機体に向けて右手を伸ばす。
しかしその手は掴まれることなく―
私はA・クシナです。
突然眠りから目覚めると、私はA・クシナに転生していました。
前の名前は憶えていません。
ただ、分かっていることは自分が女性で25歳の正社員(OL)であること。
それしか憶えていません。
それしか……そう、それしか憶えていません。
時間が経てば前の記憶を思い出すと思っていました。
でも、何も思い出せません。
両親の顔も、名前、友だち、自分が幼少期に過ごした思い出、全てが分からないままです。
自分の部屋はなんとなく覚えていますが、住んでいる家や学校、町などは分かりません。
何度か思い出そうとは試みました。
ですが、それを実行することはできませんでした。
何故って……それは―
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作者名：フウカ | 作者ホームページ：http naru1
作成日時：2024年1月1日 15時
