639話 ページ3
アーシェングロット先輩は天井を見上げたまま言った。
「……学園にいる人たちは、僕らがこんなことになっているなんて考えもしないでしょうね」
「それどころか学園に戻って今日のことを報告しても、誰にも信じてもらえそうにないよ。『悪い夢でも見ていたんだろう』って笑われそうだ」
「本当に……部活の先輩があのジュピター財閥の関係者で、“嘆きの島の番人”で……さらには世界をリセットしようとするだなんて……現実味のなさすぎる話です。でも……これが現実なんですよね」
そう、これは現実に起こった話である。
先輩の話を聞いて、私は地面に視線を落とす。
これが全て現実ではなく夢ならばどれだけよかっただろうか。
きっと今頃、普通に寮へ戻って部屋でくつろいでいたはずだ。
それが今はどうだろう。
ボロボロの寮服に両手に巻かれた包帯。体は疲弊し、魔力もぎりぎりのところで保っている。
ぼんやりする私をよそに、リドル寮長は静かに言った。
「イデア先輩たちにとってはこの悪い夢のような状況が現実で……学園生活のほうが現実味のない夢みたいなものだったのかもしれないね……目を覚ませば、すぐに忘れてしまうような」
忘れる。それを聞いた瞬間、ハッと嫌な記憶が脳裏を過る。
暗闇の廃寺、床に転がる死体、床や天井に飛び散った血痕、足元に落ちている刃物。
そしてそこに佇む自分―
なんです、今の記憶は………
心臓が激しく打つ中、先輩たちは私の様子に気付くことなく話を続けている。
「そして僕らの
「彼らと争うのは、心が痛むかい？」
リドル寮長にしてみれば、シュラウド先輩はただの先輩と後輩。もしくは寮長同士というところでしょう。
一方でアーシェングロット先輩はそれに加えて同じ部活仲間だ。リドル寮長に比べればシュラウド先輩と過ごす時間は多い方である。
やはり躊躇してしまうだろうか。先輩は平静とした態度で言った。
「まさか。“橋を渡るには通行料”……夢を叶えるためには、犠牲がつきものだ。それが美しい声なのか、金や時間なのか、それとも他人の夢なのかは、時と場合によるでしょうが。僕には叶えたい夢がたくさんある。ひとつだって諦めるつもりはありません」
その表情には一切迷いがない。
自身の夢を阻むものは、例え知り合いだろうと打ち破るのみ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 89人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：フウカ | 作者ホームページ：http naru1
作成日時：2024年1月1日 15時
