幸せな家族のはなし３ (ページ36)

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［９］変わらない意志ページ36

智side

「改めて、乾杯」

「乾杯」

カチン……と綺麗な音を立てて
控えめにグラスに入ったお酒が揺れる。

朝からはしゃぎすぎた体はもう重く、
酔いも回った頭はそこそこ正常には働かない。

1番海の見える部屋を選んだ俺の寝室に
来たのは日本酒を抱えた翔だった。

本当なら寝ようと思っていた俺だけれど、
せっかくの日だからと翔を招き入れることにした。

「ここ、綺麗だね」

「うん。波の音がして落ち着くでしょ」

俺がそういうと
静かに目をつぶって聞き入る翔。

しばらく海の音を聞いたと思えば、
大きな瞳が開き「本当だ」と微笑んだ。

「翔は、最近どう？」

「ん？」

「仕事。そろそろ大変な時期なんじゃない？」

「そうだね。もう7月も下旬だし」

くいっと日本酒を煽る翔は
「また徹夜漬けの毎日になりそう。笑」と
困り顔を作りながらどこか嬉しそうに笑う。

それを見た俺は本気混じりに
「それはダメ」って日本酒を1口。

翔が教えてる生徒は学年もまちまちで人数も多く、
ほぼ毎年受験を控えてる生徒がいる。

だから日々忙しそうにしているけれど、
下半期は比べ物にならないくらい激務に襲われて。

そうなるとどうなるか。

当然、翔はその時期になると
寝ないし食べないし部屋にこもりっぱなし。

ただただ毎日死にそうになりながら家を出て
死にかけて帰ってくる。

受験生にとっては1回の授業も
無駄にしたくないんだろうけれど。

俺としてはみるみる危険な方に痩せて
無頓着になる翔を見過ごせるわけがなくて。

「今年はもう最初から
俺と一緒に部屋使っちゃう？」

「うへぇ～……それはやだなぁ……
あの時の智にぃ超怖かったし……」

「俺だってあれは冷や汗止まんなかったよ」

去年、受験シーズンが
落ち着きつつあった年明け。

翔は見事に過労でぶっ倒れた。

しかも倒れた場所が階段。

幸い3段程の階段だったけど顔色も最悪だったし、
こっちは本気で心臓が止まるかと思った。

……それなのに。

うちのワーカホリックを越えた
仕事病の翔は病院に行くことなく
挙句の果てに仕事をするという始末。

さすがにそれは俺がカミナリを落として
雅紀達に頼んで翔を引きずって病院へ直行させた。

もちろん。

その後は隔離した和室に俺と過ごさせて、
完治するまではほとんど動くことを許さず、
連日翔の泣き言が響いていたのはまた別の話。