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13話 ページ13

金曜の夜、涼しげなゆるい風が窓から流れる。
鈴虫の音が心地よく耳にふれていた。
明かりが灯る屋敷の一室では、一人鏡の前で悩むAの姿があった。

「たまには洋装の方が良いかしら。」

生成色の布に小花柄が散りばめられたワンピースを自分にあてがうが、どうもしっくり来ない。
やはりいつもどおりの袴着にしようかと他所行き用の箪笥を引き出した。
明日はアーサーさんとの約束があるのに、今日まで用意を何も考えてなかった自分を少し恨めしく思いながら、小振袖を見比べた。

ふと、一枚の小振袖に目が止まった。
藍色の布に朝顔の模様が細く描かれているこの小振袖は、たしか女学校に入学する年にお祖父様が贈ってくださった着物の中の一枚だ。
懐かしい、という気持ちとともに今の季節に合っていると思い、久しぶりにこれを着ようと決めた。

それから漆塗りの道具箱を取り出して、保管していた自分の刺繍作品を選別する。
人には言えないが、密かに勤しんでいた自慢の力作が何枚もあって、せっかくの機会なのでこれもアーサーさんに見ていただこうと思い、丁寧に風呂敷に包んだ。
そのとき、部屋の外から人の足音が聞こえたような気がした。

「Aさん、まだ起きておいでですか。」

扉の向こう側から声を掛けたのは恐らく女中であろう。
用意に必死で気づいていなかったが、時計を見ると既に二十三時を針が差していた。

「入ってちょうだい。一つお願いがあるの。」

ゆっくりと扉が開くと、私にとっては幼い頃からもう一人の祖母と同然の女中が、夜ふかしは身体にさわりますよ、と小言を言って入ってくる。
私は誤魔化すように笑って見せたが、お願いと言ったのは、アーサーさんが明日は日本の知り合いの方の家を使わせていただくと言っていたので、土産も必要であろうかとちょうど考えていたからだった。

「もう寝るわ。お願いなんだけど、貴女の作るお団子って誰もが認めるほど美味しいでしょう?明日、入用があるから一つ作っていただきたいの。」

私の言葉を聞いた女中は少しだけ呆れたような顔をして、分かりましたよ、と言って散らかした着物たちを集めてくれる。
前日の夜に言うなんてお嬢様は昔から人使いが荒いんです、と怒る女中に私は笑いながら謝った。

そういえばお祖父様もこの女中が作るお団子をよく仕事に持って行っていたな、と思い出す。
明日も気に入ってもらえると良いんだけど、と思いながら、私は夏のゆるい夜風を呼び込んでいた窓をそっと閉じた。

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設定タグ:APH , ヘタリア , 本田菊   
作品ジャンル:アニメ
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りつ - とっても素敵な作品で沼りました!続き待ってます! (2022年11月20日 18時) (レス) id: 2356714097 (このIDを非表示/違反報告)
珠緒(プロフ) - ゆずきさん» 応援ありがとうございます!お褒めいただきとっても嬉しいです😭 (2022年2月22日 7時) (レス) id: 530dc5b1e4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆずき - 表現とか、語り口や人物の喋り方が違和感なく美しくて凄いですね、、!応援してます😊 (2022年2月21日 20時) (レス) @page3 id: 7fcb5497e4 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:珠緒 | 作成日時:2022年2月17日 19時

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