拾陸 ページ50
(疲れた)
Aは翡翠宮の自室に戻ると、固い寝台に倒れこんだ。
衣が汗でべとべとしている。緊張したときの発汗は気持ちが悪いものだ。湯あみをしたくなった。
せめて着替えようと、上着を脱ぐと胸から腹にかけて、布が巻きつけられている。油紙を幾重にも重ね、それを固定していた。
「必要なくてよかった」
(刺されたら痛いものね。婆ちゃんの目が怖いし)
Aは背筋を震わせてから油紙を剥ぎ、新しい衣に袖を通した。
「というわけで、風明が自首してきたのだが」
「それはよかったですね」
無愛想な侍女は言ってくれる。
壬氏は卓に肘をつく。高順がなにか言いたげにこちらを向くが無視する。行儀が悪いといいたいのだろう。
「なにか知らないか？」
「なんのことでしょう」
「やたら、高順に書物をかき集めさせていたみたいだが」
「ええ。無駄になってしまいました」
小馬鹿にしているのかと思うくらい淡々と言ってのける。
あいかわらず、汚泥でも見るような目を向けている。失礼を通り越して、いっそすがすがしい。
「動機はお前の言った通り、四夫人の座を保つためだったそうだ」
「そうですか」
まったく興味なさそうにこちらを見る。
「残念だが、阿多妃は上級妃をおりることは決定している。後宮を出、南の離宮に今後住まうことになった」
「それは、今回の件が原因でしょうか？」
Aが聞き返してきた。
猫がようやく小判に興味をしめしたらしい。
「いや、元々決まっていた。皇帝の判断だ」
実家に帰さず、離宮で囲うのは長年の愛着からだろうか。
珍しく、Aが興味あるらしく聞いてきたので、つい調子にのってしまいたくなる。
立ち上がり一歩近づくと、なんだか身構えた様子で半歩下がる。
言わんこっちゃないと、高順に呆れた顔をされた。
先日のささいな悪戯をまだ根に持っているのか。
あまり身構えられると壬氏としても困る。また、椅子に腰をおとす。
華奢な女官は頭を下げ、退室しようとしたがふと足を止める。
視線の先を見やれば、赤い喇叭型の花の枝が飾られていた。
「さっき、紅娘が飾っていた」
「ええ。狂い咲きですね」
Aは、花を取ると、軸を取り口に含んだ。
壬氏は首を傾げる。ゆっくりと近づき、Aの真似をする。
「甘いな」
「毒ですけどね」
噴出して口をおさえると、高順が水差しを持ってきた。
「死ぬことないので大丈夫ですよ」
唇を舐めるおかしな娘は、ほんのり甘い笑みを浮かべていた。
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泉(プロフ) - りこまるさん» 応援ありがとうございます。更新速度はこの先落ちるかと思いますが、温かく見守ってくださるとうれしいです (1月24日 21時) (
レス) id: 81a3c5614f (このIDを非表示/違反報告)
りこまる - 更新速度神ですね✨応援してます！ (1月24日 17時) (レス) id: 9a77c9521c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月22日 7時
